皆さんは「パブリックドメイン」をご存知でしょうか?
知的創作物は一般的に著作権を有し、著作者以外がその許可なしに使用すると罰せられることがあります。しかし、逆に言えば著作権を失ったものであれば、他人の知的創作物であったとしても自由に使うことができます。このように著作権がフリーになった状態のことをパブリックドメインといいます。
しかし、パブリックドメインであっても使用してはいけない場合があることを知っていますか?
今回はパブリックドメインの使用時の注意点について解説していきます。
まずは、著作権がどのように保護されているのかみていきましょう。
著作権保護期間について
知的創作物の著作権は、原則としてその保護期間を経過すると消滅し、パブリックドメインとなります。
現在の日本の著作権法では、その保護期間を著作者の死後70年としています(詳細には死没日の翌年1月1日が起算日となる)。つまり絵画作品の著作権についてパブリックドメインかどうか確認する場合、それを描いた画家が死去した日から70年経過しているかどうかを調べます。ここで注意するのは「絵が完成してからの70年後」ではないということです。著作権の権利は著作物でなく、著作権者に付随するというふうに考えるとわかりやすいですね。
海外の著作物の場合
著作権法による保護期間は国によって異なります。日本は前述したように保護期間を70年としていますが、中国は50年、メキシコでは100年と決められています。
このように保護期間がバラバラな中で、外国の知的創作物を日本国内で使う場合、その保護期間はどういう扱いになるのでしょうか。
その答えは「短い方の保護期間に合わせる」です。
これは著作権保護に関する国際条約であるベルヌ条約に定められた「短期の原則(Rule of the shorter term)」と「相互主義(Reciprocity)」の考え方によるものです。著作物は外国のものであろうと、原則的に使用する自国の著作権法が適用され、著作権元の国の保護期間が短い場合には、使用国にその期間に基づく使用が許容されることになっています。
つまり、日本においてメキシコの著作物を扱う場合、その保護期間は70年となり、中国の著作物の保護期間は50年のまま使用が可能ということになります。著作権を使用する国とされる国にでその保護期間が違う場合、短い方の保護期間が優先されると覚えれば簡単ですね。
日本の保護期間の変更
結構シンプルに思える著作権の保護期間ですが、日本の場合は2018年に著作権法の改正が行われたため、話がややこしくなっています。
先述したとおり現在、日本の著作権法においてその保護期間は著作権者の死後70年となっていますが、これは2018年12月30日に発効されたTPP11整備法により改正されたもので、それ以前の保護期間は50年でした。
この改正により、2019年1月1日以降に著作権が消滅する著作物に対してはその保護期間を70年とすることが定められましたが、それ以前に著作権が消滅したものに対してはその保護期間の延長は認められていません。つまり2018年以前に著作権が消滅したものに対しては旧法の定めによる保護期間50年のままということです。
具体的に言うと1967年12月31日以前に著作権者が死没していた場合、その著作権の保護期間は50年のままで、それ以降、つまり1968年1月1日以降に著作者が死没した場合には、その保護期間が70年になります。(前述もしましたが、保護期間による著作権消滅の起算日は、著作者死没後の翌年1月1日となることに注意が必要です)
画家の藤田嗣治を例に挙げるとわかりやすいので参考にしてください。
彼は1968年1月29日に死没しています。そのため、藤田嗣治の著作権消滅起算日は1969年1月1日となります。改正前の旧法によればその50年後、つまり2018年12月31日までがその保護期間となりますが、2018年12月30日に改正法が施工されているため、藤田嗣治の著作権の保護期間は70年に改められ、現在もその著作権は消滅していません。
1967年12月に亡くなるか、1968年1月に亡くなるかによって、著作権保護期間に20年も差ができることになるということですね。
戦時加算について
日本の場合、さらに「戦時加算」という制度が課されています。
戦時加算とはサンフランシスコ平和条約に基づいて作られた特例法で、日本が戦争中に連合国の著作権を保護しなかったことを根拠に、通常の保護期間に対して戦争期間分を延長させるというものです。平和条約発効時までにベルヌ条約により、日本がその国・国民の著作権を保護する義務を負っていた国が戦時加算の対象国となっています。
その期間は太平洋戦争が始まった時点(1941年12月8日)から当該国と平和条約を発効するまでとされており、具体的には、アメリカ、イギリス、フランス、カナダ、オーストラリア(3,794日)、オランダ(3,844日)、ブラジル(3,816日)などがあり、最も期間が長い国でギリシャ(4,180日)があります。
そして、その保護期間延長の対象となるのは、上記の対象国内において戦前と戦時中に取得された著作権です。ここで注意したいのは戦後に取得された著作権は保護期間の延長対象となっていないということです。
これだけではわかりにくいと思うので、画家エドワード・ホッパーの著作権を例に戦時加算を解説していきます。
エドワード・ホッパーの著作権について
エドワード・ホッパーの国籍や生誕日、死没日は以下です。
国籍:アメリカ
生誕日:1882年7月22日
死没日:1967年5月15日
まず、ホッパーの国籍はアメリカですが、日本でその著作権を取り扱う場合、日本の著作権法が適用されます。そのため、ホッパーの死没してから50年後、つまりその起算日1968年1月1日から50年後の2017年12月31日で旧法の保護期間経過により著作権は消滅するはず…でした。
しかし、ホッパーの国籍であるアメリカは戦時加算の対象国です。旧法の保護期間50年に約10年が加算されるため、戦前・戦時中に制作されたホッパーの作品は2018年の時点でその著作権は消滅しませんでした。そして、2018年の12月30日から施行された改正法により戦時加算によってその延長された作品たちの保護期間はさらに20年間延長され、その保護期間は2048年までとなっています。
また、戦後に制作したものは戦時加算の対象外であるため、ホッパーの作品であっても戦後に描かれた作品の著作権は2018年の時点で消滅しているということにも注目しなければなりません。
したがって、ホッパーの場合、戦前に描かれた「ニューヨークの映画館(1939年)」などは日本においてその著作権はまだ保護されており、自由に使用できない状態ですが、「二人のコメディアン(1966年)」など、戦後に描かれた作品に関しては日本においてもパブリックドメインとしての利用が可能となっています。
まとめ
ネット上にて「パブリックドメイン」とされている場合であっても、それは著作権元の国の中で著作権が消滅しているということであって、必ずしも日本国内で自由に使用できるとは限りません。日本においては、戦時加算の制度により、著作権が消滅していない場合があり注意が必要です。また、改正法によりその保護期間が著作物によって異なる場合があることにも気を付けなければなりません。
パブリックドメインを使用する際には以上のことをしっかり調べてから使用するようにしましょう。
ちなみに、ホッパーの著作権について調べるために、日本美術著作権協会(JASPAR)に問い合わせた際、彼の作品のうち「ナイト・ホークス(1942年)」だけは権利者により権利が放棄され自由に使用できる状態であることを聞かされました。なぜこの作品だけなのか理由はわかりませんが、せっかくですので最後にホッパーの名作(個人的には大好きな作品です)を載せて終わりたいと思います。
ではまた。
出典・参考サイト
・文部科学省「著作権の保護期間に関する戦時加算について」https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/021/07091009/006.htm 2024年11月12日参照
・wikipedia「戦時加算(著作権法)」https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%88%A6%E6%99%82%E5%8A%A0%E7%AE%97_(%E8%91%97%E4%BD%9C%E6%A8%A9%E6%B3%95) 2024年11月12日参照
・e-Gov法令検索「連合国及び連合国民の著作権の特例に関する法律(昭和二十七年法律第三百二号)」https://laws.e-gov.go.jp/law/327AC0000000302 2024年11月12日参照
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