ひろしま美術館概要
ひろしま美術館の所在地:広島県広島市中区基町3−2
アクセス | JR広島駅から市内路面電車乗車→「紙屋町東」下車→徒歩4分 広島バスセンター→徒歩4分 |
料金 | 展覧会により変動あり。特別展、コレクション展の単独展示はしていません。 |
開館時間 | 9:00~17:00(入館は16:30まで) |
休館日 | 月曜日(祝日の場合は翌平日休、特別展会期中は開館)、および年末年始 |
美術館のロビーを抜け中庭に出るとドーム状の建物があり、常設展室となっています。マネやモネ、ルノワール等の印象派作品から岸田劉生等の日本近代美術作家まで常設されています。
館内のwifiに接続することでミュージアム・ガイダンスを利用可能です。コレクションの作品番号を入力することで作品の詳細を確認しながら鑑賞することができます。
作品紹介:「ドービニーの庭」
ひろしま美術館の所蔵品の中で特に注目したい作品があります。
フィンセント・ファン・ゴッホ作「ドービニーの庭」(1890年7月)です。
ゴッホは精神疾患を患った後、精神科医のガシェ医師を訪ねてオーヴェルへ移住していました。その際に同村のドービニー邸を訪れて当作品を描きました。
↑オーヴェルの教会です。ゴッホの作品にも登場します。
「ドービニー」とはバルビゾン派の画家の名前で、当時無名だったモネやピサロ、ドガ等を評価し、バルビゾン派から印象派への流れを後押しした人物です。ゴッホはドービニーのことを尊敬していましたが、オーヴェルへ移住した時にはドービニーは既に亡くなっていました。しかしドービニー夫人は健在であったためゴッホはドービニー邸を表敬訪問し、この作品を描くことになったのでした。
オランダの「VAN GOGH STUDIO」さんが現地を取材したところ、ゴッホが描いたドービニーの庭のモデルは現在、個人が管理しているらしく一般公開はされていないようです。→VAN GOGH STUDIO
「ドービニーの庭」は2つ存在する!?
実は、ゴッホは同じ構図で別の「ドービニーの庭」も描いています。スイスのバーゼル市立美術館が所蔵してるバージョン(以降、バーゼル版)です。広島版と比べると、バーゼル版は細部まで描かれており、具象性(実在さ)が高いのが特徴です。
一般的にはバーゼル版が先に描かれたとされており、広島版はゴッホ本人によるバーゼル版の複製作品とされています。
ゴッホは「ドービニーの庭」に限らず自身の作品を何度か複製しており、数点存在する「ひまわり」の何点かは自身の作品を複製したものであると言われています。
一般的に複製品(レプリカ)は量産することが目的に作られますが、ゴッホの場合は明らかに描き方が異なっており、違う表現方法を試みたことが分かります。
広島版「ドービニーの庭」はただの複製品ではなく、バーゼル版の改良品ともいえるかもしれません。
「広島版」と「バーゼル版」の違い 何を改めたか?
広島版においては全体的に絵具が厚めで筆跡が荒いことが特徴です。特に前景の花壇から中景のベンチまでの草地にはその様子が顕著に見られます。元々明るめの下地に白を混ぜた黄緑、さらに明部には白を混ぜた黄色や白色をそのまま絵具を置くように描かれています。
また、その他の箇所においても黄色や緑色、青色を混ぜてワントーン明るめの色を置いています。バーゼル版と比べて荒い筆跡となり細かな物体の描写はできていませんが、絵全体が明るくなっていることが分かります。
画面中央上の建物や右上の教会にはバーゼル版では薄いピンクやオレンジが使われており、中景から遠景への色の変化が遠近感を分かりやすくさせています。
それに比べて広島版では白緑・青系の色を中心に単一的に描かれているため奥行感はなくなりますが、暖色系の色が排除されるため画面に統一感が生まれています。
まとめ
ゴッホは色を美しくみせる方法のひとつに補色効果(赤と緑、黄と青紫など、色相環の中で向かい合う色を配色すること)を良く活用しました。南フランスのアルルに滞在していたころに描かれた「夜のカフェ・テラス」や「夜のカフェ」はまさに補色効果を存分に活用した作品といえます。色のコントラストがお互いの色を強調し合い刺激的な効果を生みます。
上図の補色効果を用いた作品に対して、広島版「ドービニーの庭」では赤茶系の色をほとんど排除し、画面全体を緑系統で統一しました。
バーゼル版は第一印象で描いたことを考えると、おそらくは奥の建物は実際には赤茶系の色だったのでしょう。中景の繊細な明度・色彩の変化に対して、遠景にわざわざ目立つ補色効果を用いることは相応しくないと考えた上で敢えて色を変えたことが想像できます。
喜怒哀楽が激しく激情家と言われたゴッホですが、感情に任せて絵を描いていたわけではありません。
毛糸を使って色の組み合わせを考えるなどして普段から配色には気を使っていました。
つまり広島版はバーゼル版の単なる複製作品ではなく、その後のゴッホのこだわりにより色や配色を改善したバージョンであると言えるでしょう。
ゴッホは精神疾患の不安定な精神状態の中においても敢えて描き直すほど「ドービニーの庭」にこだわりを持っていたようです。あまり認知度は高くありませんが、ゴッホが晩年に描いた隠れた名作と言えるでしょう。
ゴッホが逝去した後、「ドービニーの庭」は複数の所有者を転々とし、運命的にも現在「ひろしま美術館」に展示されています。また、当作品はゴッホの絶筆であるという意見が多く、ゴッホを語る上においても非常に貴重な作品です。本来ならば、海外まで足を運ばなければならないところを幸いにも日本国内にて鑑賞することができます。しかも、常設展示なので企画展に比べて混雑する心配がありません。
ゆっくりゴッホの名作を鑑賞しながら穏やかなひと時を過ごしてみてはいかかでしょうか。
(※貸出等で展示されてない場合があります。訪館する前にホームページ等で確認することをお勧めします。)
参考文献
・二見史郎「ファン・ゴッホ詳伝」、みすず書房出版、2010年11月1日発行
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