高橋由一館
香川県仲多度郡琴平町の金刀比羅宮には高橋由一の油彩画が27点納められており、同境内内の高橋由一館にて作品を公開しています。
金刀比羅宮は、象頭山(ぞうずさん)という標高500m以上の山の中腹に鎮座する神社で、本宮までは785段の階段を昇る必要があります。高橋由一館はその境内の400段ほどのところに位置しており、本宮ほどではないにしろ結構な段数を昇らなければなりません。訪れる際には歩きやすい服装で行くことをお勧めします。
高橋由一作品と金毘羅宮
高橋由一は江戸時代の生まれで、日本での油彩画のパイオニアとして知られています。
ペリー来航後、洋学の研究のために発足した洋学研究機関(洋書調所)にて洋画を研究した高橋由一は、1873年に開催されたウィーン万国博覧会に作品を出品し、その名が知られるようになりました。同年には「天絵社」という画塾を立ち上げ、精力的に創作に打ち込み、その頃に制作された「鮭図」などが有名です。
さらに洋画を普及させようと由一は画塾の拡大を図りましたが、そのためには膨大な資金が必要でした。伝手を頼ったところ、当時金刀比羅宮の宮司をしていた深見速雄と知り合い、金刀比羅宮に由一の作品を納めることで、天絵社拡張の資金を融資してもらうことになりました。その際に、納めた作品の一部が現在高橋由一館に展示されています。
所蔵作品紹介
「鯛図」(1879年)
由一は1880年12月から翌年の1月中旬まで金刀比羅宮のある琴平町に滞在し、その際に本作品を奉納したとされており、モチーフも鯛や伊勢海老など正月に使われるおめでたいものが使われています。
由一は油絵に出会う前、狩野派絵師として活動していたこともあり、生まれながら画才に恵まれていました。本作「鯛図」においても、その正確な描写が目を引きます。また、もう一つの特徴はその描写の細かさです。タイの鱗のひとつひとつが細かに描かれ、背びれの刺々しさやエラの複雑なつくりが丁寧に描かれています。背景の暗闇によりモチーフの鮮やかさが引き立っており、細かな描写と共にその存在感が印象的な作品です。
「豆腐」(1877年)
「豆腐」は、まな板の上に豆腐、厚揚げ、油揚げが整然と配置された日常的な光景を描いた作品です。このような身近な食材を題材に選び、それを美術作品として昇華させることに挑んだ点に、由一の独自性がうかがえます。
厚揚げや油揚げの焼き色や表面のざらつき、豆腐の柔らかな質感が丁寧に表現されており、特に豆腐は当時の製法によるためか、現代のものよりシワが多い印象を受けます。質感にこだわる一方で、光源や陰影への意識はあまりなく、画面全体にやや平面的な印象を与えています。これもまた、当時の日本における油彩画が発展途上であった時期を反映しているといえるでしょう。
日常のありふれた食材を丹念に描き、美術作品として昇華させた点に、由一の美術に対する真摯な姿勢がうかがえます。
「琴陵宥常像」(1881年)
金刀比羅宮は、明治初年の神仏分離以前は金光院金毘羅大権現と称され、「こんぴらさん」の通称で広く親しまれていました。しかし、神仏分離・廃仏毀釈の影響により、寺院としての要素が排除され、神社としての再編が進められる中で、住職であった宥常(ゆうじょう)は琴陵宥常(ことおかひろつね)と改名しました。しかし、宮司への就任は認められず、鹿児島から赴任した深見速雄がその役職を引き継ぐことになります。この「琴陵宥常像」は、高橋由一が1880年12月から翌年1月にかけて金刀比羅宮に滞在していた際、社務職として働いていた宥常をモデルに描いた肖像画です。
高橋由一の肖像画の多くは写真をもとに描き起こされたものですが、本作は宥常本人を直接モデルにして制作されています。一般的に肖像画では、明るい衣装を着せたり、背景を明るくすることで空間を演出する手法が取られがちです。しかし、本作では背景と宥常の着物がともに深い紺色で統一されており、その色彩の選択がモデルの内面性や凛々しさを際立たせています。この色調の統一により、宥常の誠実さや穏やかさが一層引き立つとともに、画面全体に厳粛な雰囲気が漂います。
また、人物の表情や着物の質感など、細部まで丁寧に描かれている点も注目に値します。光源の扱いが曖昧であるため、やや平面的に見える箇所もありますが、それがかえって日本画的な伝統の影響を感じさせると同時に、西洋画技法によるリアルな描写を追求しようとする由一の挑戦を窺い知ることができます。近代画家の岸田劉生が東洋美術特有の生々しさや神秘性を「でろり」と表現したことは有名ですが、この作品にもそれに通じる奥深さが見て取れるでしょう。
金刀比羅宮に参拝した際には、ぜひ高橋由一館を訪れてみてください。
高橋由一館の基本情報
所在:香川県仲多度郡琴平町892-1
アクセス | JR琴平駅より徒歩20分 |
料金 | 一般:\500 高校・大学生:\300 中学生以下:無料 |
開館時間 | 9:00~17:00(最終入館は16:30) |
休館日 | 基本的に無休(臨時休館あり要確認→金毘羅宮HP) |
周辺
金刀比羅宮の境内には高橋由一館のほかに、「表書院」と「宝物館」の博物館施設があります。また、本宮の奥まで進むと厳魂神社があり、そこからの眺めは絶景です。
表書院
高橋由一館から少し上ったところにある「表書院」では円山応挙の障壁画をみることができます。
表書院の建物は17世紀中頃に建てられたもので、廃仏毀釈以前は参拝に訪れた人々を応接する客殿として使われていました。表書院の建物は現在、応挙の障壁画と共に重要文化財に指定されています。
宝物館
高橋由一館から少し下ったところにあるのが宝物館です。1905年に建てられた宝物館は和洋折衷の建物で、日本で最初期の博物館で、館内には金刀比羅宮の宝物が陳列されています。
奥社・厳魂神社(いづたまじんじゃ)
石段を1368段上った先にあるのが厳魂神社です(金刀比羅本宮は785段)。
ここまで階段を上るのはかなり疲れますが、厳魂神社からみる景色は絶景です。訪れた際には是非行ってみてください。その際には必ず動きやすい服装で!
参考文献
・芳賀徹「絵画の領分 近代日本比較文化史研究」朝日新聞社 1990年10月20日発行
・歌田眞介「高橋由一作品集」金刀比羅宮 2019年
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