サッポロビール博物館の楽しみ方完全ガイド!限定「復刻ビール」の味と知られざる歴史を徹底解説

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札幌の青い空に映える、重厚な赤レンガ造りの建物。ビール好きの聖地とも称される「サッポロビール博物館」は、北海道開拓の情熱と、日本のビール造りの原点を今に伝える、札幌観光には欠かせないスポットです。


歴史を物語る「赤レンガ」の建築美

この博物館の最大の魅力の一つは、その建物自体にあります。1890(明治23)年に製糖工場として建てられたこの赤レンガ建築は、後に製麦工場(ビール原料の麦芽を作る工場)として長年活躍しました。そびえ立つ大煙突や、シンボルである赤い星「五稜星」が、訪れる人々を明治のノスタルジーへと誘います。

現在は「北海道遺産」にも指定されている博物館の建物ですが、過去には文化庁から国の重要文化財にすすめる申し出もあり(改装などに許可が必要になるため結局は辞退)、文化財としても非常に重要な面も持っています。


学んでから飲む一杯は、格別の味わい

多くの方は、隣接する「サッポロビール園」でのジンギスカンを目当てに訪れるかもしれません。しかし、その前にぜひ博物館で歴史に触れてみてください。物語を知ることで、その後のビールの一杯がより深く、感慨深いものになるはずです。

特におすすめなのが、ガイド付きの「プレミアムツアー(有料)」です。ツアー参加者だけが鑑賞できるプレミアムシアターでは、先人たちがどのように困難を乗り越え、日本初のビールを造り上げたのかを詳しく知ることができます。


ここでしか飲めない「復刻ビール」の衝撃

ツアーの最後には、待望の試飲タイムが用意されています。一番の注目は、創業当時の味を再現した博物館限定の「復刻札幌製麦酒」です。

このビールは、サッポロビールの原点である「開拓使麦酒醸造所」時代のレシピを忠実に再現したもの。現代のような高度な濾過(ろか)技術がなかった当時の姿をそのままに、酵母をあえて残しているため、グラスの中は少し白く濁っています。

しかし、その味わいは驚くほど豊か。洗練された「黒ラベル」とは対極にあるような、ドッシリとした飲みごたえとコクがあり、「個人的には復刻版の方が好み!」と感じるほどの感動がありました。

酵母が生きている繊細なビールゆえ、時間が経てば味が変わってしまう——。そんな「鮮度が命」のビールだからこそ、この場所でしか出会えません。開拓使時代の情熱が息づく一杯を、ぜひその場で、五感を使って味わってみてください。

ツアー後の試飲。
左が「復刻札幌製麦酒」で通常の黒ラベル(右)と飲み比べができます。嬉しいことに小袋のおつまみも付きます。

目次
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サッポロビールができるまで

サッポロビールの歴史についてザっとまとめてみたので、博物館を見学する前の予備知識としてどうぞ。

1. 北海道開拓時代の幕開け

原生林の囲まれた知床五湖
画像:by 663highland

現在の「北海道」がそう呼ばれる以前、この地は「蝦夷地(えぞち)」と呼ばれていました。先住民族であるアイヌの人々が自然と共に暮らし、一部に松前藩の交易地がある以外は、手付かずの原生林が広がる大地でした。

明治政府樹立後、政府はロシアの南下に対抗する国防上の理由、そして近代化のための資源獲得を目指し、この地を「北海道」と改名。1871年には、10年間で1,000万円(当時の国家予算が約5,000万円)を投じる「開拓使10年計画」をスタートさせました。


野生ホップの発見が運命を変えた

開拓使がインフラ整備や新事業を模索する中、岩内町で野生のホップが発見されます。ビールの苦味と香りに欠かせないホップが自生していたことは、「北海道でビールがつくれる!」という大きな希望となり、ビール事業の構想が一気に動き出したのです。

ホップ
画像:by Hagen Graebner

2. 二人の立役者:中川清兵衛と村橋久成

サッポロビール誕生の裏には、情熱あふれる二人の男の物語があります。


中川 清兵衛

中川 清兵衛(なかがわ せいべえ、1848~1916年)

一人目は、日本人で初めて本場ドイツで醸造技術を学んだ中川清兵衛です。 17歳で命がけのイギリス密航を果たし、後にドイツへ。そこで後の外務大臣・青木周蔵と出会い、その行動力を買われてビール醸造の修行を勧められます。
ベルリンで2年2カ月の猛修行に励んだ彼に、現地の工場長が贈った言葉が残っています。

「有能にして勤勉な他国の一青年を教育し得たことは、我々の大きな喜びとするところである。彼を送るのは忍び難いものがあるが、心から前途に幸多かれと祈るものである」

博物館内キャプションより引用

この言葉からも、中川がいかに誠実に、そして完璧に本場の技術を習得したかが伝わりますね。


村橋 久成

村橋 久成(むらはし ひさなり、1842~1892年)

もう一人のキーマンが、開拓使の官吏であった村橋久成です。 当初、政府はビール醸造所を東京に建てる予定でした。しかし、村橋はこれに猛反対します。 「ビールの品質を守るには、冷涼な気候と良質な氷、そして豊富な地下水が不可欠だ」と、中川の知見を元に北海道での建設を上申。彼の粘り強い交渉がなければ、札幌にビール醸造所ができることはなかったかもしれません。

また、村橋は中川を雇う際、「途中で辞めることは許さず、怠慢があれば給料全額返納」という過酷な契約を交わしたと言われています。今だと労基に訴えられる案件ですが、これは村橋の「絶対にこの事業を成功させる」という不退転の決意の表れでもありました。


3. トラブルを乗り越えて完成した「札幌ビール」

開業当初のビール工場

こうして1876年(明治9年)、札幌の地にサッポロビールの前身となる「開拓使麦酒醸造所」が産声を上げました。

最初のビール造りは困難の連続でした。当時はまだ冷蔵機がなく、冬の天然氷を使ってビールを冷やすしかありません。しかし、運悪くその年は記録的な暖冬。低温熟成が思うように進まず、さらに酵母の発酵(はっこう)も停滞するなど、トラブルに次ぐトラブルに見舞われました。

しかし、中川たちの不屈の努力により、ついに日本初の本格的ラガービールが完成。翌1877年、待望の「冷製札幌ビール」が東京で発売されました。

1878年当時のデザイン。
瓶は量産する技術はまだ発達していなかったため、輸入ビールやワインの瓶を転用していました。

4. 1本5,000円!? 高級品だったビール

当時のビールは、現代とは比較にならないほどの超高級品でした。 輸送には電気式の冷蔵施設などありませんから、大量の氷と共に船で運ぶしかありません。濾過技術も未発達で、少しでも温度が上がれば再発酵して味が変わってしまう……。そんなリスクを抱えた輸送は、まさに時間と温度との戦いでした。

函館の天然氷を切り出す様子。
歌川広重(3代目)作 《北海道函館氷輸出之會》(1877年、札幌市中央図書館蔵)
  • 当時の価格: 1本16銭
  • 現代の価値: 約5,000円相当!

これほどの高値でも、莫大な輸送費や氷代がかさみ、実は赤字だったというから驚きです。まさに国の威信をかけた大プロジェクトであったことが伺えます。

現代では、酒税が含まれていても数百円という手軽な価格で、どこでも高品質なビールを楽しむことができます。そう考えると、先人たちの歩みが生んだ「技術の進歩」と「企業努力の凄さ」を、より切実に、そしてありがたく感じますね。


5. 明治天皇も愛した「本物」の味

明治天皇

当初は高級品だったサッポロビール。しかし、その品質は間違いなく「本物」でした。
ビールの味を知り尽くした外国人たちから絶賛されただけでなく、醸造所を視察された明治天皇もこのビールを大変気に入り、「お代わり」を所望されたという逸話が残っています。

技術も設備も不十分な時代、北の大地で情熱を注いだ男たちが生み出した味は、最高権力者から異国の専門家までをも虜にしたのです。この成功が、現代へと続くサッポロビールの礎となりました。



博物館の見どころ:展示内容の魅力

1. 圧倒的なスケール「巨大な煮沸釜(しゃふつがま)」

館内で最も目を引くのが、吹き抜けに鎮座するこの巨大な「煮沸釜」です。2003年まで実際に札幌工場で使用されていた本物で、その迫力には圧倒されます。

麦汁にホップを加え、ビールの命である「苦味」と「香り」を引き出す重要な工程を担ってきました。

  • 高さ: 約10m
  • 容量: 85kL(キロリットル)
    その内容量は、換算すると: 350ml缶で約24万本分! 毎日1缶ずつ飲んでも、飲み切るのに650年以上かかる計算です。まさに「ビールの殿堂」にふさわしいシンボルですね。

2. 時代を映す「アドコレクション」

続いてのおすすめは、歴代の広告ポスターが並ぶコーナーです。 ポスター制作が盛んになった1910年(明治末期〜大正)頃の作品を見ると、面白い発見があります。

つい半世紀前までは浮世絵のような平面的な表現が主流でしたが、この頃になると西洋絵画のような立体的で華やかな画風へと劇的に変化しています。ビールという新しい文化が、日本の芸術やライフスタイルをいかに近代化させていったかが、一枚のポスターから鮮明に伝わってきます。


3. 「ホップ」の香りとは?

ビールに欠かせない3大要素といえば、泡・香り・そして苦味。そのすべてを司る原料が「ホップ」です。

館内には、実際に乾燥ホップの香りを嗅げるコーナーがあります。ぜひ体験していただきたいのですが、筆者には「足の裏のにおい」に感じました(すみません…)。



プロ直伝!ビールが劇的に変わる「三度注ぎ」の魔法

1Fスターホール

ツアーの締めくくり、1F「スターホール」での試飲タイムでは、ガイドさんがビールをより美味しく味わうための「三度注ぎ」を披露してくれました。

その手順をマスターすれば、自宅でもお店のような味わいが再現できます。さっそく、その黄金のステップをご紹介しましょう。

準備:最高の状態を整える

  • グラス選び: 飲み口の直径と高さが「1:2」くらいの比率が理想的です。
  • 冷やし方: 無論ビールは充分に冷えた状態で(5~6時間冷蔵庫で冷やすのが良いそうです)。グラスを冷凍庫で冷やすのはNG!霜が付くとビールの味が薄まったり、泡が壊れたりします。「冷蔵庫」でじっくり冷やしたグラスを使いましょう。

ステップ1:あえて豪快に「泡を立てる」

意外かもしれませんが、最初はわざと泡立たせます。少し高い位置から勢いよく注ぎ、グラスの6〜7割を泡で満たしましょう。この泡が、ビールの酸化を防ぐ「蓋」の役割を果たします。

画像の泡は少し落ち着き過ぎちゃってますね。もっと泡立たせても大丈夫です。

ステップ2:ゆっくりと注いでいく

少し待つと、液体が落ち着き、泡とビールの比率が1:1になります。そうなったら、次はゆっくりと注いでいきます。9割ほど溜まったら、一度ストップ。


ステップ3:泡を盛り上げて「黄金比」へ

最後に、慎重に泡を盛り上げて完成です。表面張力で泡が盛り上がっても溢れないので、思い切って高くするのがコツ。ビールと泡が「7:3」の黄金比になれば完璧です。


驚くほど変わる「味と喉越し」

「一度注ぎ」のものと飲み比べてみると、 三度注ぎのビールは驚くほどクリーミーで、口当たりがまろやか。 余分な炭酸がほどよく抜けるため、お腹に溜まりにくく、最後まで美味しく飲めます。

泡の壁が炭酸ガスを逃さず、香りをギュッと閉じ込めてくれるので、ゆっくりお酒を楽しみたい方にこそおすすめしたい注ぎ方です。


結びに:一杯のビールに込められた「開拓精神」を味わう

サッポロビール博物館の正面には積み上げられた大きな樽があり、そこには「麦とホップを製すればビイルとゆふ酒になる」という力強い文字が刻まれています。これは1876年の開業記念写真に写っていた光景を再現した、まさにこの場所のシンボルです。

原生林を切り拓き、中川清兵衛や村橋久成たちがゼロからビールを「製(つく)」り上げるまでには、現代の私たちには想像もできないほどの葛藤と、「本物を届けたい」という執念があったはずです。この樽に書かれた言葉は、困難を乗り越えて最初の一滴が生まれた瞬間の、誇り高き勝利宣言のようにも聞こえます。

現代の私たちが、当たり前のように高品質なビールを手に取れる幸せ。その背景にある壮大なドラマを確かめに、ぜひ札幌の地へ足を運んでみませんか。

先人たちの情熱に乾杯。 サッポロビール博物館で、あなただけの特別な一杯を見つけてください。


サッポロビール博物館の基本情報

所在地:北海道札幌市東区北7条東9丁目1−1

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