
2025年8月、「ワ・ラッセ」館内にて撮影
青森ねぶた祭とは?
日本人なら誰でも名前くらいは聞いたことがあるであろう「ねぶた祭」。
毎年夏、青森の街を巨大な灯籠「ねぶた」が練り歩く、日本を代表するお祭りです。
注目すべきは、そのスケール感。
大きいものでは 幅約9m、奥行き約7m、高さ5m、重さはなんと4トン!
このどでかい灯籠を、ただ飾っておくだけじゃありません。
約20人の「曳き手(ひきて)」が操作し、ぐるっと回転させたり、観客の目の前まで迫ったりと、まるでねぶたそのものが生きて動いているかのよう。
その迫力と臨場感は、テレビや写真じゃ絶対に伝わりません。
夏に青森を訪れたら、ぜひ体感してほしいお祭りです。

【マルハニチロ侫武多会】手塚茂樹 作《青森開港四〇〇年 善知鳥中納言安方と龍神》
青森ねぶた祭 開催情報
場所:JR青森駅から東へ徒歩10分ほどの市街地。ねぶたの運行ルートは下のMAP参照
開催日程 | 毎年8月2~7日 |
開催時間 | 8月2・3日 19:00~ 8月4~6日 18:45~ 8月7日 13:00~ 【夜間会場運行】会場:青森港 19:15~21:00頃 ※こちらは2025年の情報です。詳細・最新情報は必ず公式Webサイトをご確認ください。 |
ねぶたの家 ワ・ラッセ

「ねぶた」のすごさは、そのサイズだけではありません。
ダイナミックな造形と鮮やかな色彩も見どころ。ですが――祭りが終わると基本的には壊されてしまうんです(もったいない…!)。
そこでおすすめなのが、祭りの熱気を一年中楽しめる施設 「ねぶたの家 ワ・ラッセ」。
館内のメインホールは2階吹き抜けの大空間。実際に祭りで運行された大型ねぶたが複数展示されています。
照明は暗めに落とされ、ねぶたには灯りがともっているので、まるで本番さながらの雰囲気。
夏に青森まで行けない人でも、ここなら「ねぶた」の迫力と美しさを体感できます。
「ワ・ラッセ」館内(画像:2025年8月撮影)※展示内容は毎年変わるようです。
「ねぶたの家 ワ・ラッセ」の基本情報
所在地:青森県青森市安方1丁目1−1
アクセス | JR青森駅から徒歩1分 |
料金 | 大人:\620(550) 高校生:\460(410) 小・中学生:\260(230) ※括弧内は団体料金→10名から その他、入場料免除あり。詳細→公式ホームページ |
開館時間 | 5~8月:9:00 ~ 19:00(最終入場は18:30) 9~3月:9:00 ~ 18:00(最終入場は17:30) |
閉館日 | 公式ホームページ参照 |
ねぶた祭の起源
そもそも、ねぶた祭はいつから始まったのでしょう?
実ははっきりした起源は分かっていませんが、いくつか有力な説が残されています。
「坂上田村麻呂伝説」 説

ねぶたの起源としてよく語られるのが、征夷大将軍・坂上田村麻呂の伝説になぞらえたもの。
蝦夷征伐の際、敵の夜間奇襲に苦戦した田村麻呂は、巨大な人形灯籠を作り、興味本位で寄ってきた敵を撃退する…というトンデモ作戦をやってのけました。これを蝦夷が真似て「ねぶた祭」をするようになった…という説です。
この話は江戸時代初期に書かれた『東日流由来記』に基づいていますが、どうやら史実というよりは創作らしいんです。
とはいえ、「坂上田村麻呂」というネームバリューと伝説のインパクトから、青森の人々の間では親しまれてきました。実際に、かつては「最も優れたねぶた」に贈られる賞として「田村麿賞」が存在していたほどです(平成7年からは「ねぶた大賞」に変更)。
「灯籠流し・眠り流し」説

最も有力とされているのが、この説。
七夕の「灯籠流し」が姿を変えて、今の巨大な人形型ねぶたへと発展していったのではないか、と言われています。
実際に、ねぶた祭の最終日には「海上運行」が行われ、華やかなフィナーレを迎えます。灯籠を海に流す風習から生まれたと考えると、とても自然ですよね。
さらに、地域によっては夏の農作業の疲れからくる睡魔を払うために「眠り流し」という行事もありました。
その際、「ねむた流れろ」と唱えながら灯籠を海に流し、病気や疲れを追い払い、健康や五穀豊穣を祈ったそうです。
つまり、「ねぶた」は「眠た(ねむた)」が語源という説なんです。
確たる証拠があるわけではありませんが、民俗学的にもとても興味深い話ですよね。
「ねぶた」について

2025年8月、「ワ・ラッセ」館内にて撮影
祭の主役「大型ねぶた」
ねぶたの大きさは色々ありますが、やっぱり祭の主役は 幅約9m・奥行き約7m・高さ5m の「大型ねぶた」。
このスケールになると、制作には大きな団体が関わります。中には電力会社や運送会社といった大手企業がスポンサーに付くことも。
もともとねぶた祭は、神様や仏様を祀るための宗教的な祭りではありません。だからこそ、参加者が氏子や檀家に限定されず、団体や企業が自由に関わりやすかったのかもしれませんね。それが祭りの規模がどんどん大きくなった理由のひとつでしょう。

(2025年8月撮影)
「ねぶた師」という存在
この巨大な「大型ねぶた」を作るのは、専門の職人 「ねぶた師」。
昔は「器用で絵が上手な人」が仲間と一緒に手作りしていた程度だったそうですが、いまでは高度な美術的スキルが求められる仕事になっています。

(2025年8月撮影)
写真を見てもらえれば一目瞭然ですが──
- ダイナミックで洗練された構図
- 特大サイズを立体化する設計力
- 人物や動物を生き生きと表現するポージング
- 美術解剖学の知識…などなど
これらすべてを駆使して初めて一台のねぶたが完成するわけです。
そのため、制作には長い時間がかかり、祭りが終わるとすぐ翌年の制作に取り掛かるねぶた師も少なくありません。
ねぶた師の気になる収入はおよそ400万円ほどが相場。しかし材料費や人件費を差し引くと、実際に手元に残るのは200万円程度と言われています。しかもスポンサーとの契約は年ごとなので、翌年の仕事が保証されているわけでもありません。
それでも挑み続けるのは、ねぶたへの情熱と愛情があるからこそ。毎年、ねぶた師たちがしのぎを削って生み出すからこそ、青森ねぶた祭はここまで熱気あふれるイベントになっているんですね。
どこから見ても大迫力

背面「おくり」の弁慶
祭り本番では、ねぶたはその場でぐるぐる回され、観客を沸かせます。
だから正面だけでなく、背面にも見応えのあるモチーフが作られているんです。これを「おくり」と呼びます。
たとえば《西塔 鬼若丸》の場合──
正面は「鬼若丸(弁慶の幼名)の鯉退治」。
背面は、弁慶の最期として知られる「立ち往生」。
つまり、前後で弁慶の人生を表現しているわけです。
このように「大型ねぶた」は 360度どこから見ても楽しめる作品。背面「おくり」に込められたストーリーにも注目すると、より深く味わえますよ。
ねぶたの運行

(2025年8月撮影)
「扇子持ち(せんすもち)」と「曳き手(ひきて)」
大型ねぶたは、車輪のついた台車に乗せられて青森の街を練り歩きます。
そのサイズは 幅9m・奥行き7m・高さ5m・重さ約4トン!
これを人力で動かすわけですから、その労力は相当なものです。
1日に進む距離はおよそ3km。さらに道中でぐるぐる回転して観客を沸かせる(歌舞伎の「見得を切る」に例えられます)ため、実際にはもっと長い距離を引いていることになります。
この「エンジン役」を担うのが 曳き手(ひきて)。1台のねぶたに約20人がついて動かします。

作品:【県庁ねぶた実行委員会】大白我鴻 作《役小角》
そんな曳き手たちを指揮するのが 扇子持ち(せんすもち) です。
扇子とホイッスルで合図を送り、どこで「見得」を切るか、いつ旋回させるか──その判断はすべて扇子持ちにかかっています。
ある意味で、扇子持ちはオーケストラの指揮者のような存在。
ねぶたの造形や主役像の表情をどう観客に見せるか、制作者の意図をどう引き出すかまで考え、運行をコントロールするのです。
扇子持ちのセンス次第で、ねぶたの迫力は何倍にも増します。

作品:【青森山田学園】塚本利佳 作《三貴子》
また、ねぶたが通るのは普段は普通の道路。信号もあれば街灯もあります。
「扇子持ち」と「曳き手」は、これらにぶつからないよう、前後に傾けながら慎重に潜っていくのです。
観客が盛り上がるその裏側で、ねぶた祭はこうした「縁の下の力持ち」たちの技術と努力に支えられているんですね。
囃子方(はやしかた)

ねぶた祭の魅力は見た目の迫力だけじゃありません。耳から伝わる「音」も大きな見どころです。
各運行団体には、囃子方(はやしかた) と呼ばれる一団がいて、締め太鼓(しめだいこ)や篠笛(しのぶえ)、手振り鉦(てぶりがね)を演奏しながら行進します。
ここでポイントなのが、スピーカーで音を流すのではなく すべて生演奏 だということ。
- 伸びやかで涼しげな篠笛の音色
- 軽快にリズムを彩る手振り鉦
- 体の奥までズシンと響く締め太鼓
これらが混ざり合って、ねぶたの光を音で包み込みます。夜の街に響くそのリズムは、「まさに日本のお祭り!」という高揚感を演出してくれるんです。
実際の囃子方の行進はこんな感じ。動画で雰囲気をぜひチェックしてみてください。
▶参考動画:「青森ねぶた祭/ねぶた囃子編」青森市公式チャンネル(2015年4月21日公開)https://www.youtube.com/watch?v=GqpSst2VL3o
跳人(はねと)
最後にご紹介するのは「跳人(はねと)」です。
「ラッセーラー!ラッセーラー!」と掛け声を上げながら、ねぶたと一緒に進む人たちですね。
跳人は1つの団体に2000人ほども参加し、まさにお祭りのボルテージをグッと押し上げる存在。例えるなら“ねぶた版チアリーダー”といったところでしょうか。
そして一番の魅力は、衣装さえ着れば誰でも参加できるという点!
観光で初めて青森を訪れた人でも、衣装を着ればすぐに「跳人」として祭に加わることができるんです。これはすごい解放感ですよね。
踊り方もとてもシンプル。囃子方のリズムに合わせて、片足で二回ずつケンケンしながら前に進むだけ。
ただし、2時間続けるとなるとかなりハード…。でもその分、ねぶたと一体化して街を練り歩く体験は格別で、きっと忘れられない夏の思い出になるはずです。
「ねぶた祭」の懐の深さ、そして参加型のお祭りとしての楽しさを一番感じられるのが、この「跳人」かもしれません。
跳人に参加してみたい方へ
▶「跳人参加方法・ルール」青森ねぶた祭 公式WEB
▶「ハネトの衣装の購入・レンタル方法」青森ねぶた祭 公式WEB
跳人の雰囲気を動画でチェック!
▶参考動画:「青森ねぶた祭/跳人編」青森市公式チャンネル(2015年4月21日公開)
https://www.youtube.com/watch?v=MLXBGCluLrA
おわりに
今回は青森市の「ねぶた祭」と「ねぶたの家ワ・ラッセ」について紹介しましたが、いかがでしたでしょうか。
ねぶた祭のルーツははっきりしていません。特定の神社や寺社の後ろ盾がなく、一見すると宗教色が薄いお祭りに見えます。けれど、不思議と「これぞ日本のお祭りだ!」と強く感じるんですよね。
その理由は、大型ねぶたに日本の神話や武将などのモチーフが多いからかもしれません。あるいは太鼓や笛といった和楽器の響きがそう思わせるのかもしれません。でもきっとそれだけではなく、日本の風土や人々の心に根づいた独特の感覚が、ねぶたを特別なものにしている気がします。
郷土史家・肴倉弥八(さかなくら やはち)氏は、ねぶたの条件として次の五つを挙げています。
『華麗』にして『勇壮』、『哀調』にして『殺伐』、そして『グロテスクな迫力』
「華麗」「勇壮」はイメージしやすいですが、「哀調」「殺伐」「グロテスク」と聞くと、ちょっとお祭りにそぐわない感じもしますよね。
でも、もともと祭りは神事。五穀豊穣を祈ったり感謝を捧げたり、同時に自然災害を鎮めようとしたり、喜びだけでなく畏れや祈りを込めたものでもありました。
だからこそ、ねぶたに漂うおどろおどろしさは「自然の驚異」への畏怖の表れなのかもしれません。
起源とされる「眠た(病気や疲労の象徴)」を海に流した風習や、祭りの最後にねぶたを壊してしまう習わしも、そうした祈りの形のひとつだと考えると腑に落ちます。
楽しさの裏にある「畏れ」や「祈り」にも思いを馳せながらねぶた祭を体験すれば、きっと一段と深く心に残るお祭りになるはずです。
参考文献
- 澤田繁親 著『龍の伝言 ねぶた師列伝』ノースプラットフォーム 2006年8月11日 初版第1刷
- 河合清子 著『ねぶた祭—”ねぶたバカ”たちの祭典』角川書店 2010年6月10日 初版
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