色鮮やかな夜の色!ゴッホの「夜のカフェ・テラス」「夜のカフェ」を解説!

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「夜のカフェ・テラス」1888年9月

ゴッホの代表作のひとつに「夜のカフェ・テラス」があります。この作品は、彼が南仏アルルで制作したもので、日本でもCMやアニメの背景に使用されることがあり、多くの人に親しまれています。

「夜のカフェ・テラス」の最大の特徴は、その鮮やかな色彩です。テラスの黄色と夜空の深い青が強く対比し、アルルの夜の街並みを印象的に描き出しています。

オランダ時代の作品
「ジャガイモを食べる人々」1885年

しかし、こうした色彩豊かな作品で知られるゴッホも、数年前までは暗く重厚な色調の作品を描いていました。その代表的な例が、オランダ時代に制作された「ジャガイモを食べる人々」です。同じ夜の情景ながら、「夜のカフェ・テラス」と比べると色彩の使い方や雰囲気は大きく異なります。

「ジャガイモを食べる人々」から「夜のカフェ・テラス」に至るまでの間に、ゴッホの心境や環境にはどのような変化があったのでしょうか。本稿では、彼の作品や遍歴をたどりながら、その変遷を解説していきます。

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目次

アルル以前のゴッホ

オランダ時代

ゴッホの最初期の油彩画「キャベツと木靴のある静物」1881年12月

オランダ出身のゴッホが画家を志したのは1880年、27歳の時でした。当時の画家としては比較的遅いスタートでしたが、彼は37歳で亡くなるまでの10年間、精力的に制作を続けました。

画家としての初期、ゴッホはバルビゾン派のジャン=フランソワ・ミレーに影響を受け、農民や炭鉱夫など労働者を主題とした作品を描きました。先述した「ジャガイモを食べる人々」も、この時期に制作された代表作の一つです。

ゴッホはミレーにならい、労働者の姿をありのままに描こうとしました。その為この時期の作品は、全体的に暗く、くすんだ色調が特徴となっています。

1885年、ゴッホは商業的な成功を収めることができず、実家や周囲の人々との確執も深まったことで、オランダを離れることになりました。

パリ時代

「テオのアパートからの眺め」1887年3月~4月

絵が全く売れなかったゴッホは、生活費を抑えるため、そして、寂しさもあって、弟のテオが住むパリへと移住しました。

当時のパリでは、明るい色彩と軽やかな筆致を特徴とする印象派が流行しており、その影響を受けて、ゴッホの画風も次第に明るい色調へと変化していきました。

また、ゴッホはパリで日本の浮世絵にも強く影響を受けました。彼は、浮世絵の平坦な色面構成や明瞭な線描に強く惹かれ、その画風を熱心に研究しました。そして、歌川広重や渓斎英泉の版画を模写するなど、浮世絵の技法を自身の作品に取り入れていきました。

「花魁」((渓斎英泉の「雲龍打掛の花魁」の模写)1887年10~11月

アルルに移住してから

1888年2月、ゴッホはパリを離れ、今度は南仏のアルルへ移住します。パリで浮世絵に魅了され、日本に強い憧れを抱くようになったゴッホは、アルルの明るい風景に浮世絵の情景を重ねていました。

ゴッホ自身もアルルの風景に日本的な要素を見出しており、弟テオに宛てた手紙の中で次のように記しています。

「雪の中で雪のように光った空をバックに白い山頂をみせた風景は、まるでもう日本人の画家たちが描いた冬の景色の様だった。」

フィンセント・ファン・ゴッホ著 二見史郎(ほか)訳「ファン・ゴッホ書簡全集 第四巻」みすず書房 1984年10月22日発行改版第一刷、1338頁
「アルルの跳ね橋」1888年3月

この頃のゴッホの作品には、もはやオランダ時代の暗い雰囲気は見られません。彼は外光を大胆に取り入れ、色面や線描を生かしながら、没頭するように制作を続けました。

やがてゴッホは、アルルの夜の風景に注目するようになります。パリに比べてアルルの夜は暗く、星々がより輝いて見えました。彼は、アルルの星空やガス灯に照らされた街の風景の中に、新たな色彩の可能性を見出していきます。

このときの感動を、彼は次のように書簡に記しています。

ぼくにはよく夜の方が昼よりもずっと色彩が豊かであり、もっとも強い菫(すみれ)や青や緑の色合いがあるように思えることがある。

フィンセント・ファン・ゴッホ著 二見史郎(ほか)訳「ファン・ゴッホ書簡全集 第六巻」みすず書房 1984年12月20日発行改版第一刷、1930頁

「夜のカフェ・テラス」を描く

そして描かれたのが「夜のカフェ・テラス」です。ゴッホは、当時住んでいた「黄色い家」から南西1kmほどのところにあるプラス・デュ・フォルム広場のカフェテラスをモデルに、夜の風景を描きました。

ゴッホは印象派の画家のように現地に絵具道具を持って行き、屋外で絵を描きました。また、彼は時間にもこだわり、日が沈んでから制作を開始しました。

「夜景を実地で描くのは大変おもしろい。従来人がデッサンしたり描いたりしたものは、簡単にスケッチをした後で、真昼間やったものだ。しかし僕は現場で事物を描くことに喜びを覚えている。」

フィンセント・ファン・ゴッホ著 二見史郎(ほか)訳「ファン・ゴッホ書簡全集 第六巻」みすず書房 1984年12月20日発行改版第一刷、1931頁

ゴッホがわざわざ夜中に制作を行ったのは、星空やテラスのランプの明かりに照らし出される微妙な色の揺らめきを見極めるためでした。

この夜の絵には黒が全くなく、専ら美しい青と菫色と緑で描かれ、周囲の光に照らされた広場は薄い硫黄色と緑がかったレモン・イエローを帯びている〔……〕もちろん色の質を正しく見分けがたいから、暗がりの中では、青を緑と間違えたり、青薄紫をピンクの薄紫と間違えたりすることがあるのは事実だ。しかしそれは一本の蝋燭でも極めて豊かな黄色やオレンジ色を与えるのに、あわれな青ざめた白っぽい光りで夜景を描く従来の因習を脱する唯一の方法だ。

フィンセント・ファン・ゴッホ著 二見史郎(ほか)訳「ファン・ゴッホ書簡全集 第六巻」みすず書房 1984年12月20日発行改版第一刷、1931頁



マンセル色相環
画像:by +- at Japanese Wikipedia

本作『夜のカフェ・テラス』の最大の特徴は、黄色と青色の鮮やかな色彩とその調和にあります。黄色と青色は、色相環(色相を円状に並べたもの)で正反対の位置にある補色の関係にあり、ゴッホはこれらの色面を大胆に隣接させることで、補色効果を最大限に活用しました。

また、黄色や青色の中にも、さらに多様な色の変化が見られます。テラステントの湾曲部には温かみのあるオレンジが入り込み、店の壁の明かりと暗闇の青が混ざり合って生まれる黄緑色、遠景の建物の沈んだ青、地面に光が反射して生まれる菫色など、細やかな色彩が響き合っています。ゴッホは、色面の大胆な配置による視覚的な効果を追求しながらも、光と影の中に生まれる微細な色のニュアンスを的確に捉え、『夜のカフェ・テラス』を描き上げました。

ちなみに、ゴッホは暗がりの中、街灯の光を頼りに絵を描いたようですが、一説では麦わら帽子に蠟燭を固定して描いたともいわれています。この話は真偽不明で信憑性を欠きますが、エキセントリックなゴッホなら、やりかねないと思わせるところに真実味があります。

その他の「夜」の絵

「ローヌ川の星月夜」

「ローヌ川の星月夜」1888年9月

ゴッホは「夜のカフェ・テラス」の他にも夜の絵を作品を描きました。

「ローヌ川の星月夜」は、「夜のカフェ・テラス」と同時期に制作された作品であり、ゴッホが住んでいた「黄色い家」の西側を流れるローヌ川の夜景を描いたものです。本作では、穏やかな川面に映る街灯の光と、輝く星々が印象的に表現されています。

本作においてゴッホは、黄色を色面として大胆に用いるのではなく、点や線による繊細な筆致で光を描き出しています。特に、水面に映る街の灯りは、小刻みなストロークを重ねて表現されており、前景へと近づくにつれて青色と溶け合い、深みのある色彩の変化を生んでいます。

本作「ローヌ川の星月夜」は翌年(1889年)、パリで開催されたアンデパンダン展(無審査・自由出品の美術展)に出品され、好評を得ました。

「夜のカフェ」

「夜のカフェ」1888年9月

「夜のカフェ」というタイトルは、「夜のカフェ・テラス」と混同されがちですが、本作は屋外の夜景ではなく、ゴッホがアルルで描いた室内画のひとつです。

本作の舞台となったのは、「夜のカフェ・テラス」のモデルとなった店ではなく、ゴッホが住んでいた「黄色い家」の近くにある「カフェ・ド・ラ・ガール」の店内です。このカフェは夜通し営業しており、宿賃のない放浪者が夜を明かす場所としても利用されていました。ゴッホはこの場の怪しげな雰囲気を表現するため、3日間徹夜して制作に取り組みます。

僕は『夜のカフェ』で、カフェとは人々が身を持ち崩し、気狂いになり、罪を犯すところだということを表現しようと努めた。

フィンセント・ファン・ゴッホ著 二見史郎(ほか)訳「ファン・ゴッホ書簡全集 第五巻」みすず書房 1984年11月20日発行改版第一刷、1476頁

本作の最大の特徴は、色彩による感情表現です。ゴッホは「カフェ・ド・ラ・ガール」の退廃的な雰囲気を描き出すために、ここでも補色効果を活用しました。壁の赤と天井の緑を隣接させることで、空間に不安感や圧迫感を生み出し、カフェ内の陰鬱で怪しい空気を強調しています。

ぼくは人間の恐ろしい情熱を赤と緑で表現しようと努めた。広間は血紅色と鈍い黄、中央に緑の玉突台があり、オレンジと緑の光線を放つレモン黄のランプが四つある。眠りこけている与太者とか菫と青のがらんとした侘しい広間とか、あらゆるところで緑と赤との衝突があり対立があるのだ

フィンセント・ファン・ゴッホ著 二見史郎(ほか)訳「ファン・ゴッホ書簡全集 第五巻」みすず書房 1984年11月20日発行改版第一刷、1473頁

本作では、赤と緑の対比だけでなく、ランプの光がゴッホ特有の筆致で表現されており、カフェ内に独特の雰囲気を与えています。これらの表現は、単なる写実を超え、ゴッホが抱いていたカフェの印象やその場に漂う空気感を視覚的に鑑賞者に訴える重要な要素となっています。ゴッホは色彩による感情表現を追求するなかで、本作や「夜のカフェ・テラス」をはじめとした補色の衝突が生み出すドラマ性を積極的に取り入れるようになっており、本作はその試みの代表例といえるでしょう。

まとめ

ゴッホの初期の画風はとても暗く重厚な色調だった。

パリで印象派浮世絵に出会い、明るく色鮮やかな画風を確立していく。


さらなる色彩を求めてアルルに移住する。


色彩を強く意識するようになっていたゴッホは、夜の風景に独自の色調を見出すようになる。


夜のカフェ・テラス」を描く。

浮世絵に学んだ色面構成が「夜のカフェ・テラス」に反映されたこともポイントです。また、対立する色同士を隣接することで得られる鮮やかな色調をゴッホは試行錯誤のうちに学んでいきました。ゴッホは見たままを描くという意味では写実的な画家でしたが、この頃から単なる視覚的な再現を超え、色彩や形態、筆致によってモチーフの性格や雰囲気を表現するようになっていきました。本作「夜のカフェ・テラス」はある意味でその発端となった作品であり、アルル時のゴッホの画風を象徴する作品と言えるでしょう。

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