
日本一の庭園美術館「足立美術館」ってどんなとこ?
島根県・安来市にある足立美術館は、「庭園が主役」というちょっと珍しい美術館です。
しかし、この「庭園」、実はすごいんです。
アメリカの日本庭園専門誌『The Journal of Japanese Gardening』で、なんと2003年から20年以上連続で日本一に選出。
世界が認めた庭園って、どんな庭園なんでしょう?
今回はそんな「日本一の庭園」美術館——
足立美術館をご紹介していきます。

地元と一体化した「庭園」?
足立美術館のある「安来(やすぎ)」。
ここは、スサノオノミコトがこの地を訪れた時に「心が安らいだ」と言ったのが由来とされてるそうです。
また、かの有名な映画『もののけ姫』の舞台のモデルにもなった場所でもあります。
古い歴史があり、豊かな自然に囲まれたエリアなんですね。
そんな素敵な場所にある足立美術館の庭園。
その大きな特徴は、まさに地元の自然と一体になっていることなんです。
たとえば、庭園から臨むことができる勝山。
ここは戦国時代、合戦の際に毛利軍が拠点にした場所で、歴史的にも知られた山。
そんな歴史を持つ勝山が遠景から庭園を引き立ててくれています。
まさに安来の自然あってこその庭園なんですね。
こうした周囲の環境を生かした”借景”スタイルこそが、足立美術館が高く評価される理由の一つでもあるんです。

“日本一”の庭園
足立美術館をつくったのは、地元・安来出身の実業家・足立全康氏。
1970年の開館以来、「庭園もまた一幅の絵画である」という思いを大切に、庭づくりが進められてきました。
実際に訪れてみると、その言葉に思わず納得。
5万坪もの広い敷地に、木々や岩が美しく配置されていて、どこを切り取っても本当に“絵になる”んです。
庭園はいくつかのエリアに分かれていて、それぞれ違った表情を見せてくれます。
ここからは、その中のいくつかをちょっとだけご紹介しますね。
枯山水庭
まずはメインの「枯山水庭」。
周囲の山々を背景にした景色は、まさに“The 日本庭園”。
人工の滝「亀鶴の滝」もあって、これがまた渋い。
日本画家・横山大観の「那智乃瀧」から着想を得てつくられたそうで、静けさの中にしっかりとした存在感があります。
静かなのに、迫力がある。この感覚、現地でじっくり味わってみてください。
苔庭
まず目を引くのが、斜めに植えられた赤松たち。
その下に広がる白砂のアウトラインが、川の流れのように見えてきます。
白い砂の“川”に、ゆるやかに覆いかぶさる赤松。
シンプルだけど、ちょっと幻想的な景色です。
生の額絵
館内の窓から見える景色が、まるで一枚の絵のように切り取られている——
これが「生の額絵」と呼ばれる仕掛け。
手前の木がシルエットになって、まるで屏風絵のような光景がそこにあります。
しかもこの「生の額絵」。季節によって、その印象をガラッと変えるんです。
「庭園もまた一幅の絵画である」という言葉を、そのまま形にしたような演出といえます。

白砂青松庭
横山大観の「白沙青松」にちなんで作られた庭。白砂にポツポツと配置された松のバランスが美しくて、静かな中に芯がある感じ。

池庭
池に使われているのは地下水。そのおかげで水温が安定していて、鯉たちは冬でも元気いっぱい。水面に空や木が映りこんで、これまた一枚の風景画みたいになってます。
横山大観の世界にひたる

足立美術館といえば庭園が有名ですが、館内のコレクションもかなりの見ごたえがあります。
創設者・足立全康氏が生涯をかけて集めた美術品の数は、なんと約2,000点。日本画を中心に、彫刻や陶芸など幅広く展示されていて、ここだけでちょっとした日本美術の旅ができてしまうほど。
中でも圧巻なのが、日本画の巨匠・横山大観のコレクション。
その数130点以上。質も量も日本随一と言われるほどで、大観好きにはたまらないラインナップです。
今回はその中から注目の作品を何点か紹介します。
(※展示作品は入れ替えがあります。訪問前に公式サイトで展示情報をチェックするのが安心です→足立美術館ホームページ)
《紅葉》(1931年)

大観の作品《紅葉》は、まさに圧倒される一枚。
いえ、正確には“二枚”なんです。左右の屏風で構成されたこの作品、左右を合わせたサイズは高さ約160cm、横幅約720cm。実物のスケール感は写真ではなかなか伝わりません。
もともとは水墨と金泥で描く予定だったそうですが、制作中に京都で良質の朱(朱色の顔料)を見つけたことで、急きょカラフルな濃彩画に変更されたんだとか。
この「朱」がすごい。燃えるような紅葉と、対比する川の青。バチっと補色のコントラストが決まっていて、まずその色に目が奪われます。
でも、それだけじゃ終わらないのが大観のすごさ。
紅葉のオレンジや緑が全体の色を調和させ、白金泥で描かれた川のしぶきが、画面右の余白を活かして奥行きを感じさせてくれます。
視線は自然と左から右へ。
そして、川面から飛び立つ鶺鴒(セキレイ)に目が留まった瞬間、まるで自分がその場に立っていたかのような気配を感じるんです。
色鮮やかで豪華なのに、どこか清々しい。
静かな自然の中に、ほんの一瞬の“動き”が宿ったような、そんな作品です。
《白沙青松(はくしゃせいそう)》(1937年)

「白沙青松」という言葉、聞いたことありますか?
これは、日本の海辺によくある風景——
白い砂浜と、青々と茂る松
——で構成された景色のこと。
海辺の白い砂浜に、風に負けず力強く育つ松の姿。そのコントラストの美しさは、日本ならではの景色ですよね。
松は塩分や風に強くて、他の植物が育ちにくい海辺でもしっかり根を張ります。
だから昔は、海岸沿いに防風・防潮の目的で松を植えることもよくありました。
しかし、この作品に描かれた松たちは、人工的に整えられた感じがなくて、どれも不規則に並んでいます。
風にあおられて、ちょっと斜めに伸びていたりして。
大観が描いたのは、そんな野性味のある、自然そのままの「白沙青松」の風景でした。
一見シンプルな構図なのに、静けさの中に力強さが感じられる。
見るたびに新しい発見があるような、奥行きのある作品です。
《那智乃瀧(なちのたき)》(1915年)

そして最後に紹介するのが《那智乃瀧(なちのたき)》。
実はこれ、庭園にある「亀鶴の滝」のモデルになった作品なんです。
そして、個人的に足立美術館で一番印象に残った絵でもあります。
この絵のモチーフは、和歌山県の那智勝浦にある那智の滝。
高さ130メートルというスケール感のある滝で、2004年には「紀伊山地の霊場と参詣道」として世界遺産にも登録されました。
そんな日本が誇る世界遺産を描いたこの《那智乃瀧》。
墨の濃淡だけで描かれた岸壁に、一筋の滝がスッと落ちるシンプルな構図。
まわりの木々は靄(もや)に包まれて輪郭がぼんやりしているのに、滝の線だけがはっきりクッキリ。画面をまっすぐ貫くその白いラインが、すごく印象的なんです。
幻想的で、どこか神々しくて、それでいて圧倒的な力強さもある。
墨だけで、ここまで世界をつくれるのか…と、思わずため息が出るような一枚。
静かなのに、強い。
ずっと眺めていたくなる、そんな作品でした。

まとめ「庭園と日本画で“静けさの美”を味わう場所」

足立美術館は、横山大観の作品を数多く所蔵していることから「大観美術館」とも呼ばれるほど。
館内には大観専用の展示室まであり、その存在感は圧倒的です。
日本画って、なんとなく「ちょっと難しそう」と思われがちかもしれません。
でも、足立美術館で日本庭園を眺めながら、静かに作品と向き合ってみると、不思議とその魅力がすっと腑に落ちてくるんです。
横山大観のこんな言葉があります。
「自然を観て、それを直ぐものにするという事はむづかしい。頭に一杯しまって置いて、何年か経って、自然の悪いところは消えて、いい印象ばかり頭に残る。その頭に残ったものを絵にすれば、前に観た自然と違うが、画家の個性がハッキリと出る。」
足立美術館学芸部編集「足立美術館大観選」公益財団法人足立美術館 2021年3月6日発行 138頁より
自然をそのまま描くのではなく、時間をかけて心の中に残った「印象」を描く。
それこそが“目で描く”ではなく、“心で描く”芸術なのだと、大観は語っています。
この考え方は、飾りすぎず、手を加えすぎず、自然の美しさを引き出す日本庭園の精神にも通じるもの。
足立美術館では、日本画と庭園という二つの“静かな美”が、まるで呼応するように展示されています。
日本一と称される庭園の美しさももちろん魅力ですが、
その風景を眺めながら日本画と向き合える——そんな体験ができるのが、足立美術館のいちばんの魅力かもしれません。
展示作品は入れ替え制なので、お目当ての絵に会えるかどうかはタイミング次第。
しかし、季節によって表情を変える庭園は、いつ訪れてもきっと新しい発見があります。
日本画に興味がある人も、庭園が好きな人も、
静かな時間を過ごしたい人も。
ぜひ一度、足立美術館に足を運んでみてください。
足立美術館の基本情報
所在地:島根県安来市吉川町320
アクセス | JR安来駅から無料シャトルバスあり(所要時間:約20分) |
料金 | 大人:\2,300 大学生:\1,800 高校生:\1,000 小中学生:\500 (団体割引あり。詳細→公式ホームページ) |
開館時間 | 夏季(4月~9月):9:00~17:30 冬季(10月~3月):9:00~17:00 |
休館日 | 年中無休 |
参考文献
・足立美術館学芸部編集「足立美術館大観選」公益財団法人足立美術館 2021年3月6日発行
・足立美術館編著 「ART GALLERY BOOKS 足立美術館」実業之日本社 1986年11月20日発行
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