郡山市立美術館でみるイギリス絵画。バーン=ジョーンズやロセッティなどの名作を紹介!

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イギリス近代美術の名品が郡山でみられる!?

1992年に開館した郡山市立美術館
この美術館の大きな特徴は、なんといってもイギリス近代美術のコレクションが充実していることです。

コンスタブルの風景画をはじめ、ラファエル前派のエドワード・バーン=ジョーンズ、
さらに松方コレクションでも知られるフランク・ブラングィンなど、
名だたる画家たちの作品がここ郡山で楽しめます。

日本の美術館では「印象派」や「エコール・ド・パリ」に焦点を当てた展示は多いですが、
「イギリス美術」に特化した美術館は本当に珍しいんです。
ぜひ郡山まで足を延ばして、イギリス美術の世界にどっぷり浸かってみてください。


休日にぴったり!のんびり過ごせる美術館

郡山市立美術館を設計したのは、東京都現代美術館の設計でも知られる建築家・柳澤孝彦氏
エントランスから奥へと続く約100mの開放的な空間は、まるで風が通り抜けるような心地よさがあります。

打ちっぱなしコンクリートのモダンな建物ですが、
ところどころに木の温もりが感じられ、無機質になりすぎない優しい雰囲気。
入口側はガラス張りになっていて、ソファに腰掛けて庭を眺めると時間を忘れてしまいそうです。

目次
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所蔵作品紹介

郡山市立美術館といえば、やっぱりイギリス近代美術コレクション
ここからは、その中でも特に見逃せない名作をピックアップして紹介します。

※作品は常設展で見ることができますが、展示内容は定期的に入れ替わります。
訪れる前に、公式Webサイトなどで最新情報をチェックするのがおすすめです。

エドワード・バーン=ジョーンズ
《フローラ》(1868~1884年)

油彩、カンヴァス、95.5×64.9cm
作品解説(クリックまたはタッチ)
エドワード・バーン=ジョーンズ( Edward Burne-Jones, 1833~1898)

エドワード・バーン=ジョーンズはイギリスのラファエル前派を代表する画家。

本作に描かれているのはローマ神話の 花と春の女神「フローラ」です。 日本人には馴染みが薄いかもしれませんが、ボッティチェッリやティツィアーノなど西洋の巨匠たちに愛された題材。豊穣を司る彼女は、花や草木とともに描かれることが多いです。

《プリマヴェ-ラ》のフローラ
(ボッティチェッリ, 1482年頃)

本作《フローラ》においても、種を蒔く優雅な姿が描かれ、春の予感を静かに漂わせます。
バーン=ジョーンズは象徴主義に分類される一方で、神話などによる精神的な教訓よりも「美しい夢の構築」を追求しました。 神話のフローラを借りつつ、彼女の流れるようなポーズ、種がこぼれる手の動き、閉ざされた庭園の幻想世界—— これらの装飾的な美が、鑑賞者を現実から遠ざける夢の庭へ誘います。

神話と聞くと構える必要はありません。 小難しい解釈は抜きにして、 ただ画面の静けさに浸る—— それがバーン=ジョーンズの魔法です。

ぜひ郡山市立美術館で、この《フローラ》の独特な世界観をを体感してください。


アルバート・ムーア
《黄色いマーガレット》(1881年)

油彩、カンヴァス、65.6×50.2cm
作品解説(クリックまたはタッチ)
アルバート・ムーア(Albert Moore, 1841~1893)

アルバート・ムーアは、ギリシャ彫刻のような静謐さと気品をたたえた人物画で知られるイギリス唯美主義の画家です。 彼の絵には独特の“見上げる構図”が多く、少し低い位置から描くことで、人物に圧倒的な存在感と安定感が生まれます。それでいて筆致は驚くほど繊細。布のひだや花びら、指先の質感までが思わず触れたくなるほどリアルです。

本作《黄色いマーガレット》は、決して大きな作品ではありませんが、まさにその構図の妙が光る一枚。 主役の女性は、うつろで夢見るような表情を浮かべ、どこか神々しいまでの静けさを漂わせています。 クリーム色や淡い黄色を基調とした衣装と、周囲の花や小物の色合わせが絶妙で、明るい色彩を軽やかに重ねるセンスは、若き日に壁紙やステンドグラスのデザインを手がけた経験が活きているのでしょう。

ムーアは「美そのもの」を追求した唯美主義の代表画家の一人。 道徳や物語性は一切排除し、形・色・リズムだけで鑑賞者を魅了する──その姿勢がこの作品に凝縮されています。 布の流れるようなライン、全体を貫く装飾的なリズム……すべてが心地よく響き合い、見るほどに心が澄んでいくような感覚があります。

繊細さと整った美をここまで極めたムーアの世界。 一度生で観ると、もう忘れられません。ぜひ現地で体感してみてください。


ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ
《マドンナ・ピエトラ》(1874年)

パステル、紙、90×56cm
作品解説(クリックまたはタッチ)
ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ(Dante Gabriel Rossetti, 1828~1882)

ラファエロを「否定」したラファエル前派

ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティは、エドワード・バーン=ジョーンズと同じく、「ラファエル前派(Pre-Raphaelite Brotherhood)」の中心的な人物でした。

「ラファエル前派」というネーミングは、ルネサンスの巨匠ラファエロ・サンティを崇拝しているように聞こえますが、実は全く反対の意図を持っています。

1848年に結成された彼らは、当時の主流であったアカデミックなスタイル(仰々しいポーズや、ありきたりな構図)を「不自然・嘘っぽい」と批判し、ラファエロ以降の画風を否定しました。彼らが理想としたのは、初期ルネサンスのボッティチェッリや、フランドル派のファン・エイクなどの素朴で詳細な描写を持つ画家たちでした。彼らは、芸術はあくまで「自然の模倣」であるべきだと唱え、「ありのままの自然」の豊かなディテールや鮮やかな色彩を大事にして絵を描いていきました。

つまり、「ラファエル前派」の画家たちは、ラファエロを崇拝しているのではなく、それまで「慣習的に」描かれてきた「ラファエロ的」な絵を否定した画家たちなのです。


神話と文学を大事にしたロセッティのスタイル

ロセッティは、そんな「ラファエル前派」を創設したひとり。
豊かな色彩と、「あ、ロセッティだ!」とすぐわかるような人物画が特徴的です。

本作《マドンナ・ピエトラ》もその中のひとつ。
ロセッティの描く少し面長でがっしりとした女性像、また少し物憂げのな表情は鑑賞者に強い印象を与えます。

ちなみに、「ピエトラPietra)」はイタリア語で「石」の意味。
そして、このモデルの女性はダンテの詩の中に出てくる貴婦人で、「石のように」冷たい心を持つ女性として書かれています。
本作はその「ピエトラ」を題材として、ロセッティが制作したもの。習作として描かれたらしいのですが、完成版が描かれることはありませんでした。

本作からも分かるように、ポイントなのは「ラファエル前派」が否定したのは、あくまでラファエロ的な「アカデミックな描き方」だったこと。神話や文学による題材は積極的に取り入れていきました
このスタイルは後の「象徴主義」に大きな影響を与えていくことになります。


ジョン・コンスタブル
《デダムの谷》(1802年)

油彩、カンヴァス、51.5×61cm
作品解説(クリックまたはタッチ)
ジョン・コンスタブル(John Constable, 1776~1837)

風景画の名手として知られるジョン・コンスタブルの作品も郡山市立美術館に収蔵されています。

「デダム」とは、イングランド東部エセックス州にあるコンスタブルの故郷。
丁度地平線近くにある塔は、デダムの町の中にある教会(現存)で、コンスタブルは少年時代に、この教会のすぐ東隣にある学校(こちらも現存)に通っていました。

つまりこの《デダムの谷》は、彼の郷愁の想いが込められた作品。
実際に彼はこの後何度も、同じ場所からデダムを望む風景を描きました。

本作《デダムの谷》はコンスタブルにとってただの風景画ではなく、愛すべき故郷に思いを馳せた特別な作品なんですね。

コンスタブル作《昇天》(1821~1822年)
風景画として有名なコンスタブルですが、こうした宗教画も数点描きました。
その内の一点《昇天》が、デダムの教会に収蔵されています。

チャールズ・ワーグマン
《西洋紳士スケッチの図》(1870年代)

油彩、スケッチボード、30×40.2cm
作品解説(クリックまたはタッチ)
チャールズ・ワーグマン(Charles Wirgman, 1832~1891)

幕末・明治の激動をスケッチした異色の画家

チャールズ・ワーグマンは、幕末の日本に渡ったイギリス人画家であり、ジャーナリストです。

彼の人生は、そのまま日本の激動期と重なります。来日後、彼はイギリスの新聞『イラストレイテッド・ロンドン・ニューズ』の特派員として活動しました。生麦事件や薩英戦争など、当時の日本の様子、事件、風俗を絵画で克明に記録し、本国に伝え続けたのです。

また、日本の洋画史においても極めて重要な人物です。高橋由一や五姓田義松をはじめとする多くの日本人画家を指導し、日本近代洋画の礎を築いたことでも広く知られています。


命がけの「スケッチ・ジャーナリズム」

ワーグマンの真骨頂は、その「速報性」にありました。

当時、写真技術は発展途上にあり、事件現場の臨場感を遠隔地に素早く伝えるには、画家による手描きのイラストが不可欠でした。彼はアーティストというよりも、「スケッチで報道するジャーナリスト」という側面が非常に強い画家でした。

そのジャーナリスト魂を示すエピソードとして、自身が遭遇した東禅寺事件(1861年)があります。攘夷派志士に襲撃された際、縁の下に隠れて事件の一部始終をスケッチで記録し、その作品を本国に送り届けたのです。

東禅寺事件
1861年10月12日、イラストレイテド・ロンドン・ニュースに掲載されたワーグマンの作品

開国後の和やかな日常を捉えた《西洋紳士スケッチの図》

そんなワーグマンが明治初期に描いた本作《西洋紳士スケッチの図》。

この時期、公的な襲撃の危険性は減ったとはいえ、依然として外国人に対する社会的な偏見や規制は残っていました。しかし作品の中では、風景を描く初老の紳士(おそらくワーグマン自身)に、日本人らしき男女が強い関心と好意的な眼差しを向けています。

ジャーナリストであるワーグマンが、まったくの空想を描いたとは考えにくいでしょう。この絵は、危険な報道の裏側で、彼が現地の人々と築いていた私的な交流を写し取っていると推測できます。異国の地で、創作と交流を通じて有意義に過ごすワーグマン自身の充実した雰囲気が伝わってくる、穏やかで心温まる一枚です。


フランク・ブラングィン
《ヴェニス・運河》(1924年)

油彩、カンヴァス、63.5×76.2cm
作品解説(クリックまたはタッチ)
フランク・ブラングィン(Frank Brangwyn, 1867~1956)

20世紀前半を彩ったマルチアーティスト

フランク・ブラングィンは、ベルギー生まれのイギリスを代表する芸術家です。彼は単なる画家という枠を超え、油彩、版画、ポスターの制作から、家具、ステンドグラス、さらには建築デザインまで、多岐にわたる分野で活躍した「マルチな才能」を持つ美術家として知られています。

彼はまた、日本の実業家・松方幸次郎と親交があり、国立西洋美術館の基礎となった「松方コレクション」の形成にも深く関わりました。


力強い筆致と「太陽の色彩」

ブラングィンの絵画作品の最大の魅力は、その一度見たら忘れられない大胆で鮮やかな色彩にあります。

彼の色彩感覚は、教会の建築装飾家だった父親の影響や、モリス工房で学んだ装飾芸術に加えて、彼自身の旅の経験によって培われました。若い頃、船員として旅費を稼ぎながらモロッコ、エジプト、トルコといったオリエント地域を巡り、そこで目にした強い太陽光と鮮やかな文化が、彼の画風を決定づけました。


ヴェネツィアに宿るオリエンタルの光

そんなブラングィンの筆さばきが光るのが、本作《ヴェニス・運河》です。

イタリアの水の都ヴェネツィアの風景を描いたこの作品は、太陽がもたらす光と影のコントラストが際立っています。運河沿いの建物は、現実の色を超えた燃えるようなオレンジ色で塗られており、これが鑑賞者に強烈なインパクトと存在感を与えます。

装飾的で鮮やかな色彩により、イタリアの風景でありながら、どこか彼が愛したオリエンタルな雰囲気を漂わせているのが特徴的。しかし、建物の確かなフォルムと力強い構図からは、この場所が確かに存在したという揺るぎないリアリティを感じさせます。ブラングィンの情熱と異文化への憧憬が詰まった、まさに代表的な一枚と言えるでしょう。


クリストファー・リチャード・ウィン・ネヴィンソン
4000フィートでの旋回飛行》(1917年)

リトグラフ、紙、40.2×31.6cm
作品解説(クリックまたはタッチ)
C.R.W. ネヴィンソン(Christopher Richard Wynne Nevinson, 1889~1946)

第一次世界大戦の「空」を描いたモダニズムの旗手

クリストファー・リチャード・ウィン・ネヴィンソンは、第一次世界大戦期の戦争画で最もよく知られるイギリスの画家・版画家です。

ネヴィンソンが一般的に名声を確立したのは、戦争体験に基づく作品群を発表してから。
彼は戦時中、フレンズ救急隊(FAU)のボランティアとして救急車の運転手などに従事し、その経験を活かして1916年に《機関銃》などを発表。この作品の強烈な描写が評価され、ネヴィンソンは1917年3月、イギリス情報局から公的な戦争画家に任命されました。

機関銃(1915年)
画像:by Sailko

極限の視覚体験を切り取る

公的な戦争画家となったネヴィンソンは、西部戦線でイギリス空軍の偵察飛行に同乗する機会を得ました。この命がけの体験が、本作《4000フィートでの旋回飛行》を生み出すことになります。

さらに、作品の魅力は、ネヴィンソンの特徴的な未来派的(フューチャリスト)な画風にあります。

  • 航空機の複雑な面やその影、眼下に広がる大地(道や畑)の形が、幾何学的かつ複雑に重なり合う、ダイナミックな構図。
  • 機体が激しく旋回(バンキング)している一瞬を、搭乗員自身の視点から捉えることで生まれる、スピード感と緊張感

これらの動的な要素は、彼が戦前に熱狂した未来派の「機械と速度への賛美」という思想から生み出されたといえるでしょう。


ネヴィンソンの好奇心溢れる一枚

ネヴィンソンはそれまで戦争の悲惨な現実を描きましたが、この作品には、おどろおどろしい戦争画としての要素は見当たりません。

そこにあるのは、初めて目にする上空から見た広大な風景。
旋回するほどに傾く地平線はとても新鮮なものとして彼の目には映ったことでしょう。

すなわち、本作品は単なる戦争画ではなく、一人の青年の好奇心から生まれた作品といえるかもしれません。



まとめ:郡山市立美術館で出会うイギリス絵画の精髄

郡山市立美術館で鑑賞できる「イギリス絵画」についてご紹介しましたが、いかがでしたでしょうか。

当館には、「ラファエル前派」の中心人物であったバーン=ジョーンズやロセッティ、唯美主義を代表するムーア 、そして幕末の日本に密接に関わり、洋画の礎を築いたワーグマンなど、イギリス美術史における重要な時代の作品が、非常に高いクオリティで収蔵されていることがお分かりいただけたかと思います。

日本国内において、これほど本格的にイギリス絵画を中心に質の高いコレクションを構築している美術館は極めて珍しく、郡山市立美術館の大きな特徴となっています。

また、美術館の建物自体も魅力の一つです。正面は開放的なガラス張りで自然光がたっぷりと差し込み、ポカポカとした陽気の中で作品と対話することができます。美術鑑賞後は、明るい館内でお茶でも飲みながらゆっくりと余韻に浸るのもおすすめです。

ぜひこの機会に、イギリス絵画の奥深い魅力に触れに、郡山市立美術館へ一度足を運んでみてください。


郡山市立美術館の基本情報

所在地:福島県郡山市安原町大谷地130−2

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