
古都・京都で近代美術に触れるなら「京都国立近代美術館」!
京都・岡崎エリアといえば、美術館や平安神宮、図書館などが立ち並ぶ文化ゾーン。
その一角にある京都国立近代美術館は、明治以降の日本美術を中心に、多彩な作品を紹介している美術館です。
開館は1963年。60年以上の歴史を持つこの美術館では、日本画、洋画、彫刻、工芸など約13,000点にのぼるコレクションを収蔵しています。
特に絵画分野では、上村松園、富岡鉄斎、安井曾太郎など、京都にゆかりのある作家の作品が数多く所蔵されており、関西の近代美術の流れをたどるうえで欠かせない場所となっています。

一方で、ルドンやルノワールといった19世紀ヨーロッパの画家たちの作品や、ピカソ、モンドリアンなど現代美術の系譜に連なる作家の作品も所蔵しており、その収集は国内外を問わず幅広い視野に立っています。
保守的と見られがちな京都にあって、国立美術館としての柔軟さと先進性を感じさせるラインナップです。
建物は、プリツカー賞を受賞した世界的建築家・槇文彦による設計。
ガラス張りの外観と、自然光をたっぷりと取り込む開放的な展示空間が特徴で、作品との距離を心地よく保ちつつ、静かに美術と向き合える場所となっています。
華やかすぎず、けれどしっかりと個性のある空間は、どこか京都らしさを感じさせます。

京都国立近代美術館コレクションの紹介
京都国立近代美術館では年間に5回コレクション展を開催しています。
展示作品は入れ替えが行われるため、見たい作品がある場合にはホームページなどでチェックしてから美術館に行きましょう。
▶京都国立近代美術館HP
富岡 鉄斎(とみおか てっさい)
《富士遠望・寒霞溪図(ふじえんぼう・かんかけいず》(1905年)
作品解説(クリックまたはタッチ)

万里を旅した文人が描く、日本の絶景
富岡鉄斎は、「最後の文人画家」と呼ばれた明治〜大正期の画家。
儒学・陽明学・国学・神道・仏教と、東洋の思想を一通り学びながら、南画や大和絵の技法も身につけた、まさに“学者にして画家”という異色の存在です。
本人いわく「本業は学者」。
そんな鉄斎の座右の銘は、「万巻の書を読み、万里の道を往く」。
知識も旅も貪欲に吸収し、北海道から鹿児島まで、各地を歩いてスケッチしては作品に仕上げていきました。
日本の勝景、富士と寒霞渓
《富士遠望・寒霞溪図》は、そうした旅の記憶と、文人らしい鋭い観察眼が存分に詰まった作品です。
高さ約154cm、幅は両隻合わせて7メートルを超える大作で、“屏風でめぐる日本列島”のようなスケール感があります。
左隻に描かれているのは、香川県・小豆島の名勝「寒霞渓(かんかけい)」。
連なる奇岩と険しい断崖の合間から、霧を抜けて瀬戸内海が静かに広がっていく構図は、構成力の妙が光ります。岩のごつごつとした存在感と、遠景のやわらかさとの対比も見どころです。

画像:by 663highland
一方、右隻には、伊豆・十国峠から望む富士山の姿。
駿河湾と相模湾がそれぞれ弧を描きながら迫ってくる大胆な構図は、鉄斎ならではの地形感覚と美意識の融合。山と海、空のリズムが心地よく響きあい、まるで俯瞰で日本列島をのぞき込んでいるような感覚に誘われます。
文人としての教養と、画家としての構成力。
その両方を兼ね備えた鉄斎だからこそ描けた、日本の絶景です。
たんに“風景”を描くだけではなく、その場所に宿る精神性や、旅の記憶までもがにじみ出るような、鉄斎らしい傑作です。
上村 松園(うえむら しょうえん)
《舞仕度》(1914年)

作品解説(クリックまたはタッチ)

何気ない仕草、日本の美
上村松園は、明治から昭和にかけて活躍した日本画家。
美人画で知られる彼女ですが、構図の美しさ、色づかいの上品さ、そして所作をとらえる鋭いまなざしには、いま見ても心を惹かれるものがあります。
そんな彼女が活動していたのは、西洋文化が一気に流れ込んできた激動の時代。
ゴッホやゴーギャンといった洋画の潮流だけでなく、エミール・ゾラの自然主義文学を通じて、“社会性”をテーマにした作品が注目を集めていました。
美術の世界でも、貧困や人権、労働といった問題を描くことが求められていた時期です。
こうした価値観の変化の中で、松園の作品は一部の批評家から「無内容だ」と見なされることも。
それでも彼女は、自分の描き方を変えることはありませんでした。
というのも、松園が見つめていたのは、ただ“きれいな女性”ではなく、
女性たちの生活の中にある、ほんの一瞬のしぐさや気配。
そこに宿る確かな人間の営み――そんな「小さな真実」を描くことこそが、松園にとってのリアリズムだったのです。
確かに存在する“小さな営み”
この《舞仕度》も、そんな松園のまなざしがよくあらわれた作品です。
談笑する囃子方たちの横で、ひとり静かに舞の準備を進める芸妓。
その表情は穏やかですが、少し離れた立ち位置や空気の張りつめ方から、舞台に向かう直前の緊張感がじんわり伝わってきます。
社会を描いているわけでも、歴史を語っているわけでもない。
けれどこの小さな空間の中には、確かに“生きた時間”が流れていて、見る人の想像を優しく引き出してくれます。
時代の流行に流されず、自らの美意識を信じて描き続けた松園。
この一枚からも、彼女の静かな信念が、しっかりと伝わってきます。
安井 曾太郎(やすい そうたろう)
《婦人像》(1930年)

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「安井様式」で描かれた婦人像
安井曾太郎は、大正から昭和にかけて活躍した洋画家。
人物画や風景画など幅広く手がけましたが、なかでも印象的なのが人物画に見られる独特な“デフォルメ”。「安井様式」とも呼ばれ、形をやや崩しながらも構造的に捉えた、力強く量感のあるスタイルが特徴です。
その画風が安井のなかで固まってきたのが、ヨーロッパ留学から帰国して10年以上経った1930年前後のこと。
本作《婦人像》はまさにその時期に描かれたもので、安井が自身のスタイルをつかみはじめた成熟期の一作です。
“存在感”のある人物像
安井は留学中、セザンヌに強い影響を受けたことでも知られています。
その影響はこの作品にも見られ、人物のフォルムにはどこか幾何学的な構築感が漂います。
とはいえ、線や筆づかいは大胆で端的。着物の文様も流れるように描かれ、厚みのある色彩が画面にずっしりとした重みを与えています。
特に注目したいのは、モデルの顔の描き方。
ポリゴンのように面と面がなめらかにつながりながらも、ふっくらとした頬の丸みが女性らしさを際立たせており、構造と柔らかさの絶妙なバランスが感じられます。
背景にもあらわれる“構造”へのまなざし
背景に目を向けると、白と黒の壁や床が、面と面の組み合わせで構成されていて、どこかキュビスムを思わせる雰囲気もあります。
けれど安井が流行のキュビスムを安易に取り入れたとは考えにくく、むしろ彼が人物像で追求してきた「フォルムの強調」を、空間全体にまで拡張した結果と見るべきでしょう。
この背景は単なる舞台装置ではなく、画面の構造そのもの。
人物と同様に計算されたかたちの配置が、静けさと緊張感を同時に生み出しています。安井の構成力と“かたちへの執着”が、じわじわと伝わってきます。
岸田 劉生(きしだ りゅうせい)
《麗子弾絃図(れいこだんげんず)》(1923年)

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静かだけど、ちょっと怖い。不思議な麗子のまなざし
三味線を練習している少女。
でもその表情は、不思議なくらい無表情。
演奏しているというよりも、ただ正面の虚空をじっと見つめているような印象です。
どこか神秘的で、ほんのり不気味さもただよう一枚。
描いたのは、日本近代洋画のリアリズム画家・岸田劉生。
明治〜大正にかけて活躍した画家で、その初期には古典的で重厚な西洋絵画に強く惹かれていました。
けれどあるときから、「日本人として本当に描くべきものは何か?」という問いに向き合い、“東洋的な”写実性を探るようになります。
かわいいだけじゃ終わらない、《麗子像》の奥深さ
この《麗子弾絃図》も、そうした探求のなかで生まれた作品。
モデルはもちろん、《麗子像》で知られる愛娘・麗子です。
初期の麗子像はもっと素直に「かわいらしい」印象でしたが、この作品ではガラッと雰囲気が変わります。
ほのかに笑っているようでいて、表情はどこか硬質で幼子とは思えません。
楽譜ではなく、その先にある何か――虚空を見つめる視線には、ふと引っかかるような違和感があります。

初期の「麗子像」です。
でも、これこそが劉生がたどり着いた“東洋的リアリズム”。
リアルだけど、西洋の写真的な絵画とはどこか違う。見る側の心に、じわじわと入り込んでくるような描き方です。
なんとも言えないこの空気感。
不気味だけど、なぜか目が離せない――。
一度見たら、ずっと記憶に残る、不思議な存在感を放っています。
太田 喜二郎(おおた きじろう)
《少女》(1915年)

作品解説(クリックまたはタッチ)

ベルギーで光を学んだ日本人画家
近代洋画家のひとりである太田喜二郎。
彼は当時としては珍しく、ヨーロッパでもベルギーへ留学し、「ルミニスム」と呼ばれる様式に学びました。
彼が師事したのは、ルミニスムを代表する画家エミール・クラウス。
クラウスの絵は、フランス印象派の明るさを取り入れながらも、比較的明確な形態で描くスタイル。また新印象派を思わせるその細かな筆致は喜二郎にも大きく影響を与えました。

エミール・クラウス作《刈り草干し》(1896年)
少女たちとやわらかな午後の気配
《少女》は、帰国後の太田が描いた作品。
庭の木陰でくつろぐ少女たちの姿を、まばゆい午後の光とともに描いています。
オレンジや緑の着物がやさしく映え、地面や背景の木々に散りばめられた細かな色調と溶け合い、画面全体がやわらかな空気に包まれているよう。
西洋の技法と日本の情緒が静かに溶け合っていて、ずっと眺めていたくなるような一枚です。
ちなみに、同じ時期にベルギーで学んだ児島虎次郎も、太田と同じくクラウスに師事しています。
ふたりの作品を見比べると、同じ教えを受けながらも表現の方向が異なっていて、それもまた興味深いポイントです。

児島虎次郎作《和服を着たベルギーの少女》(1911年)
オディロン・ルドン
《若き日の仏陀》(1905年)

作品解説(クリックまたはタッチ)

想像の中の光を描いた、ルドンの仏陀
オディロン・ルドンは、フランス象徴主義を代表する画家のひとり。
活動時期は印象派とほぼ同じですが、彼が見つめたのは自然の“外の光”ではなく、“心の中の光”でした。想像、夢、神秘――それらを色彩で表現しようとした画家です。
この《若き日の仏陀》も、まさにそんなルドンらしさが光る作品。
柔らかな色の重なりが、仏陀の静かな存在感をふわりと包んでいます。
ルドンといえばパステル画のイメージが強いですが、この作品は油彩。
それでもどこかパステルのようなやわらかさがあり、重ねられた絵の具が独特の深みを生み出しています。まるで夢をそのままキャンバスに閉じ込めたような質感です。
ルドンが描く東洋の神秘
描かれているのは、ご存知「仏陀(ブッダ)」――仏教の開祖ですね。
ルドンがなぜ仏陀を描いたのかははっきりしていませんが、19世紀後半のヨーロッパでは“ジャポニスム”をはじめとした東洋文化への関心が高まっていた時期。
ルドンも他の芸術家たちと同じく、日本美術や東洋思想に影響を受けており、特に仏教の神秘性や哲学的な深みに心を惹かれていたようです。
この作品に漂う穏やかな明るさは、仏陀の“内なる光”そのものを象徴しているようにも感じられます。
静かにたたずむその姿を見ていると、こちらまで少し深呼吸したくなるような、そんな静けさに包まれていきます。
オーギュスト・ルノワール
《母子像》(1916年)
作品解説(クリックまたはタッチ)

ルノワール晩年の彫刻作品
やわらかな光の中で人々を描き続けた印象派の巨匠、オーギュスト・ルノワール。
その彼に、彫刻作品があることをご存知でしょうか?
この《母子像》は、彼の晩年に制作された数少ない彫刻作品のひとつです。
モデルとなったのは、亡き妻アリーヌへの思い。ルノワールは、かつて彼女を描いた絵画《母性》(1885年)をもとに、この像を作りました。

妻への愛|若き彫刻家との共同制作
ただし、この頃のルノワールはリウマチが進行し、筆もろくに持てない状態。
そこで彼の意思を形にするため、若き彫刻家リチャード・ギノが手を貸し、共同でこの作品を仕上げました。
まるでルノワールの筆致がそのまま立体になったかのような、やさしく包み込むようなフォルム。
技術だけではなく、二人の間にあった信頼と想いが、作品からにじみ出ています。
この彫刻が完成した3年後、ルノワールはこの世を去ります。
彼の最後の情熱と、妻への愛、そして若き友との協働が生んだこの作品。
ただ美しいだけでなく、背景を知ることでより深く心に残る一作です。

画像:by Gervais Bougourd
まとめ「京都で、絵を見る」

京都国立近代美術館は、ただ名作が並んでいる場所ではありません。
ここには、京都という土地と深くつながった作家たちの作品が、静かに息づいています。
たとえば今回ご紹介した富岡鉄斎、上村松園、安井曾太郎、太田喜二郎は、いずれも京都生まれの画家たち。
それぞれ作風はまったく異なりますが、どこかに「京都らしい眼差し」が感じられます。
たとえば松園が描く繊細な所作や、鉄斎の風景ににじむ精神性。そうした表現は、この地で培われた感覚と無縁ではないはずです。
岸田劉生もまた、関東大震災を機に京都へ移り住んだ時期があります。
そのあいだ古美術の収集に熱中し、彼のテーマだった“卑近美”の感覚にも、京都の風土が少なからず影響を与えたといわれています。

京都在住時に描かれた「麗子像」シリーズの名作です。
作品を見るということは、画家のまなざしを借りて、もう一度世界を見ること。
京都という1000年以上の歴史を持つ土地を、彼らがどう見つめ、どう絵に溶け込ませていったのか。
そんなことに思いをめぐらせながら、この美術館で絵と向き合ってみるのも、またひとつの楽しみ方かもしれません。
京都国立近代美術館の基本情報
所在地:京都府京都市左京区岡崎円勝寺町26−1
アクセス | 京都市営地下鉄東西線「東山」駅 1番出口から徒歩約10分。その他のアクセス方法→京都国立近代美術館HP |
料金 | 【コレクション・ギャラリー】一般:\430(220) 大学生:\130(70) 高校生以下:無料 ※括弧内は団体料金→20名以上から そのほか、「夜間割引」や観覧料減免制度あり。詳細→京都国立近代美術館HP |
開館時間 | 10:00~18:00(入館は17:30まで) 【夜間開館】あり→企画展開催中の毎週金曜日は20:00(入館は19:30)まで開館。 |
休館日 | 毎週月曜日(月曜日が休日に当たる場合は、翌日が休館) 年末・年始 その他、臨時休館や開館時間の変更等あり。HPにてカレンダーあり→京都国立近代美術館HP |
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