フランス近代絵画と埼玉の近代絵画 埼玉県立近代美術館のみどころ

埼玉県立近代美術館

埼玉県立近代美術館(MOMAS)は、埼玉県さいたま市の北浦和公園内に位置し、1982年に開館しました。建物は、国立新美術館やオランダのゴッホ美術館別館の設計で知られる黒川紀章が手がけたものであり、彼が最初に設計した美術館としても注目されています。館内外に施されたモダンで機能的なデザインは、訪れる人々に建築そのものの美しさを感じさせる見どころの一つです。

所蔵品は、主に近代美術を中心に構成されており、フランス印象派からエコール・ド・パリの作家の作品、日本近代絵画、さらには現代アート作品まで多岐にわたります。

また、約3,700点を超える所蔵作品のうち、2,000点以上が埼玉県ゆかりの作家による作品で構成されているのも特徴です。あまり広く知られていない作家の作品に触れる機会が多く、その中から思いがけない新しい発見があるかもしれません。

今回はその所蔵品の中から何点か紹介していきます。

目次

所蔵作品紹介

斎藤豊作
「初冬の朝」(1914年)

油彩、カンヴァス、65.0×162.0cm

斎藤豊作(さいとう とよさく,1880~1951)は埼玉県越谷市出身の洋画家で、東京美術学校(現在の東京芸術大学)にて黒田清輝に師事しました。1905年に卒業後、フランスへ留学し、ラファエル・コランに学んだ後、1912年に帰国。帰国後の1914年には、有島生馬や梅原龍三郎らとともに「二科会」を創設し、日本近代洋画壇において重要な役割を果たしました。

本作「初冬の朝」は、二科会の第1回展(1914年)に出品された作品であり、斎藤がフランス滞在時に見たブルターニュ地方の風景を回想しながら描いたものとされています。本作には、点描筆触分割といったフランス留学で学んだと思われる印象派の影響が色濃くみられ、色彩の微妙な変化や光の反射が画面に豊かな表情をもたらしています。しかしその一方で、事物の輪郭線が比較的明瞭に描かれており、フランス印象派特有の曖昧さとは一線を画すものになっています。

構図も非常に印象的です。横長の画面に描かれた蛇行する川が視線を自然と奥へと導き、遠近感と広がりを表現しています。さらに、前景に配置された鮮やかな紅葉は、画面にアクセントを与えつつ全体を引き締め、冬の静謐な風景に温かみを添えています。

この作品には、寒さの中にも穏やかで詩的な温かみが感じられ、斎藤豊作の自然観と画家としての技術の高さがよく表れています。ブルターニュ地方の風景を通じて、彼が追い求めた光と色彩、そして自然の美しさが存分に伝わる秀作です。

斎藤豊作
「装飾画(蓮と鯉Ⅰ)」(1941年)

油彩、カンヴァス、89.8×200.0cm

1920年に再度渡仏した斎藤豊作は、フランスのサルト地方にある古城で暮らし、その後日本へ帰国することはありませんでした。彼はフランスの美術界とも距離を置いたため、生前に作品が広く評価されることはありませんでしたが、その美術界と隔絶された制作生活は、彼の独自の美術スタイルを育む重要な時間だったと考えられます。

第2次世界大戦中、ドイツ軍の進攻によるパリ陥落を前に、斎藤は居住していた古城を離れ、ドルドーニュ地方へ避難しました。この「装飾画(蓮と鯉Ⅰ)」は、その避難生活の中で生まれた作品です。

「初冬の朝」と比較すると、この作品では点描技法がほとんど見られず、代わりに色面を効果的に活用した構成が際立っています。全体としては、どこか日本画のような洗練された平面的表現や装飾性を感じさせつつ、イラスト的な親しみやすさも併せ持っています。画面の中心に描かれた鯉は鮮やかな赤や黄色で際立ち、その動きが水面にリズム感を与えています。一方、蓮の葉や花は柔らかな色調で描かれており、全体的に調和の取れた静謐な雰囲気を作り上げています。それでも、蛍光色のピンクや黄色、青がアクセントとして散りばめられており、斎藤の卓越した色彩センスを感じ取ることができます。

この作品からは、流行や画壇の影響を離れた独自の世界を築いた斎藤豊作の精神性が鮮明に伝わります。隠遁生活の中で培われた彼のスタイルは、当時の美術界とは一線を画しつつ、観る者に深い印象を与えることでしょう。

クロード・モネ
「シヴェルニーの積みわら、夕日」(1888~1889年)

油彩、カンヴァス、65.0×92.0cm

フランス印象派を代表する画家クロード・モネ(Claude Monet, 1840–1926)は、1883年にフランスのシヴェルニーに移住し、以後その地を拠点に自然風景を描き続けました。彼の作品は、時間や光、季節の移ろいを追求したその徹底した観察眼と、独自の色彩表現によって広く知られています。

シヴェルニーでモネが手がけた最も有名なモチーフのひとつが「積みわら」です。「積みわら」シリーズは、1891年に制作された連作として知られ、25点の作品が含まれています。しかし、それに先立ち、1889年に制作された先駆け的な「積みわら」の作品が3点存在し、本作《シヴェルニーの積みわら、夕日》はそのうちの一つに位置づけられます。この作品は、後に展開される連作「積みわら」の構図やテーマの基盤を築いたとも言える重要な一作です。

モネは「積みわら」という日常的な題材を通じて、季節、天候、そして時間帯によって刻々と変化する光の表情を捉えることに挑戦しました。特に自然光の直接的な照射のみならず、間接光の繊細なニュアンスを描き出すことに注力しました。本作においては、夕日の柔らかい光が積みわらを温かく包み込み、ピンクやオレンジの光が空と地面に溶け合っています。前景には青や緑の影が落ち、冷たい色調が暖かい夕日の輝きと対比を成しています。

この作品からは、モネが自然光の予測不可能な性質、そしてそれが生む多様な色彩の戯れに深い関心を寄せていたことが伝わってきます。夕日の光が大気を通じて積みわらにどのように反射し、その影がどのように色づくのか。モネの筆致は、その一瞬の美しさを永遠に閉じ込めようとする彼の執念とも言える意志を感じさせます。

モーリス・ドニ
「トレストリニェルの岩場」(1920年)

油彩、カンヴァス、64.5×91.0cm

ナビ派の画家として知られるモーリス・ドニ(Maurice Denis, 1870-1943)は、フランスのブルターニュ地方ペロス=ギレックに別荘を持ち、家族や友人とともにその地の風景を愛しました。本作「トレストリニェルの岩場」は、ペロス=ギレック近郊のトレストリニェル海岸を描いたもので、家族や友人が海辺で過ごす情景を優雅かつ親密に捉えています。

ドニはポール・ゴーギャンの綜合主義(Synthétisme)に強い影響を受け、絵画の平面性や装飾性に注目しました。本作でもその特徴が色濃く表れており、輪郭線によって形が明確に区切られているのがわかります。鮮やかな色は使用されず中間色をメインに絵面は構成されていますが、色面が互いを引き立て合い、色調を感じさせる作品に仕上がっています。

また、ドニは日本美術に大きく影響されたことは有名です。本作においてもその影響は見られ、画面左の波しぶきは葛飾北斎の「神奈川沖浪裏」を彷彿とさせます。

クロード・モネ
「ルエルの眺め」(1858年)

油彩、カンヴァス、46×65cm

本作「ルエルの眺め」は、正確には埼玉県立近代美術館の所蔵品ではなく、「丸沼芸術の森」から寄託された作品です。同美術館のコレクション展で展示されることもあり、美術愛好家にとって必見の一作です。

一見するとクロード・モネの作品とは思えないかもしれませんが、左下に「O. Monet」とサインが見られることから、彼の初期作品であることが分かります。モネは20代前半から「Claude Monet」とサインを変えましたが、それ以前は本名である「オスカー=クロード・モネ」から「O. Monet」と署名していました。本作はモネが17歳の頃、まだ「印象派」と呼ばれる以前の作品にあたり、彼の風景画への目覚めを象徴する一枚です。

フランスのノルマンディー地方ル・アーヴルで生まれたモネは、幼少期から優れた絵の才能を持ち、カリカチュア(風刺画)を描いて売るほどでした。そんな彼が風景画に傾倒するきっかけとなったのが、風景画家ウジェーヌ・ブーダンとの出会いです。15歳年上のブーダンは地元の額縁店でモネと知り合い、彼をルエルの森へ誘い、戸外での写生を勧めました。ブーダンはモネの良き師となり、自然を観察し、描く技法を教えました。本作「ルエルの眺め」は、その教えの中で生まれた風景画の一つです。

本作には、後年のモネに見られる輪郭の曖昧さや色彩の微妙な変化への探求はまだ見られませんが、清らかな空気感や静謐な自然の描写は、すでに彼の才能を感じさせます。特に光と影の表現、木々や水面の細部に至るまでの丁寧な描写は、17歳という若さを超えた技術力を物語っています。モネはブーダンとの出会いにより、屋外で描く楽しさを発見し、自然光による色彩の変化を作品に反映させていきました。これが後に印象派の誕生に繋がっていきます。

本作のような初期のモネ作品は非常に希少であり、美術史においても貴重な資料です。
是非、埼玉県立近代美術館に訪れて、モネの絵画人生の原点である「ルエルの眺め」を鑑賞してみてください。



※紹介した作品は常設されているわけではありません。美術館を訪れる際には展示内容を確認することをお勧めします埼玉県立近代美術館HP

埼玉県立近代美術館の基本情報

所在地:埼玉県さいたま市浦和区常盤9丁目30−1

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