ヤマザキマザック美術館の所蔵品とそのみどころ

ヤマザキマザック美術館

ヤマザキマザック美術館は工作機械メーカー「ヤマザキマザック株式会社」により運営されています。「マザック」とは当会社が海外進出する際に「ヤマザキ」を欧米人に発音しやすいようにもじった言葉で、ブランド名として使われているようです。

当美術館には常設展示があり時期にもよりますが、5Fに絵画作品、4Fにガラス工芸品、家具が展示されています。

収蔵される絵画作品には、ブーシェやシャルダンなどのロココ時代から、新古典主義のアングル、ロマン主義のドラクロワ、それ以降の印象派や近代の作家、クールベやボナール、ドニなどがあり、18世紀から20世紀までのフランス美術の流れを一望することができます。また、当美術館の特徴として、絵画作品の額縁にアクリル板やガラス板が取り付けられていないことがあげられます。油彩画は特に光を反射しやすいため個人的には非常にありがたく感じました。鑑賞者に配慮した心づかいが光ります。

目次

所蔵作品紹介

フランソワ・ブーシェ
「アウロラとケファロス」(1745年頃)

油彩、カンヴァス、237.5×259.0cm

フランソワ・ブーシェ(François Boucher,1703–1770)は、18世紀フランスのロココ時代を代表する画家です。特にルイ15世の愛人ポンパドゥール夫人に重用され、肖像画や神話画、装飾的な作品を多数手掛けました。軽やかな色彩や優美な構図で知られ、彼の作品はフランス宮廷文化の象徴ともいえます。また、多作の画家としても知られ、生涯にわたり1000点以上の絵画を制作したとされています。

ヤマザキマザック美術館に所蔵されている「アウロラとケファロス」は、ブーシェの神話画の中でも重要な作品の一つです。この絵画は、古代ローマの詩人オウィディウスの「変身物語」に登場するエピソードを題材にしています。曙の女神アウロラが美しい王子ケファロスを誘惑する場面を描いており、ケファロスは本来、妻プロクリスへの忠誠を貫き、アウロラの誘惑を拒むのですが、この作品では抵抗の描写がなく、むしろ穏やかな情景が広がっています。このような解釈は、ロココ絵画の特徴である宮廷趣味や優美さを反映しているといえます。

本作品は237.5cm×259cmというかなり大きな絵ですが、美術館の天井高が約5mと広々としているため、絵全体をゆとりをもって鑑賞できるのも魅力です。作品を通じて、ブーシェが描き出したロココ時代の華やかさと神話世界の甘美な雰囲気を堪能することができます。

ウジェーヌ・ドラクロワ
「シビュラと黄金の小枝」(1838年)

油彩、カンヴァス、130.2×97.5cm

ウジェーヌ・ドラクロワ(Eugène Delacroix,1798~1863)は、ロマン主義を代表する画家で、「民衆を導く自由の女神」や「キオス島の虐殺」など、ドラマティックで感情を揺さぶる作品で広く知られています。彼の作品はスキャンダラスなものが多い印象ですが、神話などの古典的テーマを扱った作品も多く残しています。本作「シビュラと黄金の小枝」もその内の一つです。

この作品は、古代ローマの詩人ウェルギリウスの叙事詩「アエネーイス」第6巻を題材としています。この場面では、トロイアの英雄アエネアスが冥界に向かう準備として、アポロ神の巫女シビュラと共に「黄金の小枝」を探し出す様子が描かれています。この小枝は冥界の女王プロセルピナへの供物として必要不可欠であり、アエネアスの運命における試練の一つです。

ドラクロワの作品の特徴として、群像を劇的な構図で描くダイナミズムが挙げられますが、本作ではシンプルかつ象徴的な構図が採用されています。画面中央には赤い衣をまとったシビュラが堂々と立ち、背景には暗く不穏な空気を漂わせる風景(画面が光って分かりにくいですが、奥へと道が続いています)が広がっています。明暗のコントラストは、シビュラの神秘的な存在感を強調し、背景の闇は冥界への入り口を連想させるものとなっています。

シビュラの表情は静かで威厳に満ちており、観る者に神話的な荘厳さを感じさせます。同時に、画面全体に漂う陰影は、アエネーイスの物語が持つ冒険と試練、そして死後の世界への畏怖を表現しているようです。ドラクロワ特有の鮮やかな色彩と大胆な筆致は、この神話的テーマを視覚的に引き立てています。

本作は、ロマン主義における感情表現と、古典的な題材の象徴性が巧みに融合した一例と言えるでしょう。

モーリス・ドニ
「エウリュディケ」(1906年)

油彩、カンヴァス、113.8×195.0cm

ナビ派の画家として知られるモーリス・ドニ(Maurice Denis,1870-1943)は「絵画とは、ある秩序の基で集められた色彩で覆われた平坦な表面である」と述べたことは有名です。彼はこの考えのもと、色面で統一した装飾的な絵画作品を描いていきました。熱心な宗教家であったドニは、古代神話やキリスト教を題材とした作品も多く描いています。

本作「エウリュディケ」は、ギリシャ神話に登場する詩人オルフェウスとその妻エウリュディケの悲劇的な物語を描いています。エウリュディケは毒蛇に咬まれて命を落とし、オルフェウスは冥界に降りて彼女を蘇らせようと試みますが、「地上に戻るまで決して振り返ってはならない」という約束を破ってしまい、その結果、エウリュディケは永遠に冥界に閉じ込められてしまうという、なんとも救いのない結末を迎えます。

画面左下には毒蛇に咬まれて蒼白になったエウリュディケが描かれ、彼女を抱きかかえるオルフェウスの姿が見られます。また、画面右端には助け出したエウリュディケを思わず振り返るオルフェウスが描かれており、同一人物が同じ画面内に描かれていることがわかります。この技法は、初期ルネサンスや日本画に見られる「異時同図法」に該当し、ドニが平面的な表現を意識していたことがうかがえます。

本作が描く悲劇的な物語に対し、絵画の表現は驚くほど穏やかで、海岸の風景が背景に描かれています。タイトルを提示されなければ、この作品が「エウリュディケ」を題材にしたものであるとは想像できないかもしれません。色面による鮮やかで装飾的な特徴は、彼の色彩感覚と平面構成の魅力を余すところなく伝えており、視覚的な美しさが際立つ作品に仕上がっています。

アンドレ・ドラン
「プロヴァンス地方の村」(1930年)

油彩、バーラップ(黄麻粗布)、33.5×46.3cm

アンドレ・ドラン(André Derain, 1880–1954)は、アンリ・マティスらとともにフォービズム(野獣派)を代表する画家の一人として知られています。フォービズムは、大胆な色彩表現と単純化された形態を特徴とし、20世紀初頭のヨーロッパ美術に大きな影響を与えました。ドランの初期作品には、フォービズム特有の激しい色使いやエネルギッシュな表現が見られますが、その後、彼の画風は新印象派の点描技法やポスト印象派、さらにはキュビズムの影響を受けつつ、次第に変化していきました。

1910年代から1920年代にかけて、ヨーロッパ美術界では「秩序への回帰」と呼ばれる、伝統的な古典絵画の復興を志向する動きが広まりました。ドランもこの潮流に影響を受け、次第に古典的な具象表現に傾倒していきます。その結果、彼の作品には、初期のフォービズムのエネルギーとは異なる静けさと均衡が生まれました。

本作「プロヴァンス地方の村」は、ドランが古典的絵画の影響を取り入れた後の作品で、特にその変化が顕著に表れています。作品では、明るい地中海地方の光を受けた建物がシンプルな立方体の形で描かれており、これはキュビズムの名残を感じさせます。色彩は落ち着いたトーンでまとめられ、激しい色使いのフォービズムとは一線を画しますが、建物や影の描写には構造的な洗練が見られます。このようなスタイルは、ドランが古典的表現とモダンな感覚を融合させ、新たな美術的視点を切り開いていたことを示しています。

また、この作品には、画家が地中海地方の自然や建築物にインスピレーションを受け、静謐(せいひつ)で詩的な空間を描こうとした意図が伺えます。村の道や建物が生み出すリズム感や、光と影の微妙なコントラストは、観る者に静かな時間の流れを感じさせることでしょう。


ヤマザキマザック美術館の基本情報

所在地:愛知県名古屋市東区葵1-19-30

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