ポーラ美術館
ポーラ美術館は富士箱根伊豆国立公園内に2002年に建てられた比較的新しい美術館です。美術館は箱根の自然豊かな環境に囲まれており、敷地内の遊歩道では豊かな自然の中で散歩を楽しめるようになっています。
館内
国立公園内であるため建築制限により、展示室は地下に展開されますが、館内は吹き抜けとなっており屋根は一部ガラス張りで造られているため、館内はとても明るいです。
所蔵品
ポーラ美術館の所蔵品の多くはポーラ創業家2代目の鈴木常司氏が数十年かけて収集したコレクションにより成立しています。洋画作品はモネやルノワール、ゴッホ、セザンヌ等、印象派からポスト印象派をはじめ、モディリアーニ、シャガール、藤田嗣治等のエコールド・パリの画家の作品を中心に所蔵されており、中にはアングルやドラクロワ等、新古典主義やロマン主義の画家の作品も収蔵されています。
現在、収蔵作品総数は約10,000点にのぼり、常設展示では作品を入れ替えながら展示しているため、美術館に訪れる際には展示作品を確認することをお勧めします。→ポーラ美術館HP
所蔵作品紹介
クロード・モネ
「睡蓮の池」(1899年)
印象派の巨匠クロード・モネは、1883年にフランスのシヴェルニーに移り住み、1926年に没するまでその地で創作を続けました。
1893年、モネは家の隣の敷地を購入し、睡蓮の咲く池を造り、日本風の太鼓橋を架けます。この庭は「水の庭」と呼ばれ、モネの作品には1898年頃から頻繁に登場するようになります。
1899年から1900年にかけてモネは、この「水の庭」の太鼓橋を中心に庭の風景画を制作しました。その一連の作品は「『睡蓮』第一連作」として知られており、ポーラ美術館所蔵の「睡蓮の池」も、この連作の内の一点です。
当作品は、画面奥からの光りにより木々や水面に反射する緑を中心に描かれ、前景の陰の青灰色との響き合いが印象的です。後年に描かれる「第二連作」に比べると配色がより鮮やかで、モネが庭の豊かな色彩と光を意識して描いたことがわかります。
クローソ・モネ
「ルーアン大聖堂」(1892年)
ジヴェルニーに住んでいたモネは、1892年と1893年にノルマンディー地方のルーアンを訪れ、大聖堂を取材しています。彼は、時間帯や天候の変化によって生まれる光と影の移り変わりに着目し、その様子を描きました。これらの作品は連作としてまとめられ、「ルーアン大聖堂」シリーズは全部で30点以上が存在します。
ポーラ美術館が所蔵する「ルーアン大聖堂」は、午後6時頃の光景を描いたものとされています。夕日の光が大聖堂の上部を優しいピンク色に染める一方、下部には向かいの建物の影が青灰色に落ちています。
建物の輪郭はおぼろげで、その分、鑑賞者は絵の色彩や光の変化に自然と目が向けられます。一見すると粗いタッチで描かれているように見えますが、実際は繊細な筆遣いで、自然光の微妙な色合いのバランスが巧みに再現されています。原色の鮮やかさではなく、グレーのトーンを主体にした色調の響き合いで外光を表現するモネの技法は、この作品の見どころの一つです。
フィンセント・ファン・ゴッホ
「ヴィゲラ運河にかかるグレーズ橋」(1888年3月)
フィンセント・ファン・ゴッホは1888年3月中旬に画商である弟のテオへ手紙を書いています。
「僕は今日十五号を一枚持ち帰った。それは小さな馬車が通っている跳ね橋の絵で、青い空の上にそのプロフィールが写っている——空と同じように青い川、緑草が見えるオレンジ色の土手、キャラコ(婦人用上着)と色とりどりのボンネを着た洗濯女の一群。それから、もう一枚は鄙びた小橋と同じように洗濯女のいる風景。」1
この手紙でゴッホは、暖かくなりつつあるアルルで習作が順調に進んでいることをテオに報告しています。「馬車が通っている跳ね橋の絵」とは「ラングロアの跳ね橋」(下図)であり、「鄙びた小さな橋の風景」とは、本作品「ヴィゲラ運河にかかるグレーズ橋」のことを指しています。
1888年当時、ゴッホはパリからアルルへ引っ越してきたばかりでした。パリで浮世絵に出会ったゴッホは、日本の美を追い求め、アルルに向かったとされています。また、この時期は浮世絵から受けた色彩の影響をもとに、色彩に対する研究が深まっていった時期でもあります。
本作品「ヴィゲラ運河にかかるグレーズ橋」では、空や運河の青、土手の黄に加えて、赤色が細かく点在しており、ゴッホが補色効果を試みている様子がうかがえます。
この後、ゴッホは「夜のカフェ・テラス」や「夜のカフェ」「向日葵」といった名作を次々に制作していきますが、本作品はその一連の作品群における重要なスタート地点の作品と言えるかもしれません。
ヴィルヘルム・ハンマースホイ
「陽光の中で読書する女性、ストランゲーゼ30番地」(1889年)
ヴィルヘルム・ハンマースホイ(Vilhelm Hammershøi, 1864-1916)は、デンマーク出身の画家で、独特な雰囲気を持つ室内風景画で知られています。彼の作品には、1898年から1909年まで暮らしたコペンハーゲンのストランゲーゼ30番地のアパートが多く描かれており、どの部屋を描いたか特定できるほど正確に描かれています。
特徴的なのは、ハンマースホイの絵には人物がいても表情が見えないことが多い点です。本作「陽光の中で読書する女性、ストランゲーゼ30番地」も、椅子に座って本を読む女性が描かれていますが、彼女は背を向けているため顔は見えません。ハンマースホイの絵にしばしば見られる、静けさや謎めいた雰囲気がここにも漂っています。
もう一つの特徴は、その独特な構図です。室内画で有名なオランダの画家フェルメールは、人物を中心に描いていますが、ハンマースホイの作品では、むしろ空間の「余白」が強調されています。家具は最小限に抑えられ、窓から差し込む光が床を照らすだけというシンプルさが際立っています。画面の隅に描かれたドアは、まるで誰かが入ってくるのを暗示しているかのように見えますが、その光景は、穏やかな午後の光景とは対照的に、どこか冷たく、不穏な雰囲気を感じさせます。
しかし、ハンマースホイはその「不穏さ」の正体を明らかにせず、見る者にその答えを委ねているようにも感じます。本作品も、その静かな空間に隠された物語を想像させる、非常に魅力的な絵となっています。
皆さんは、この作品をどのように感じるでしょうか?ぜひ、美術館で実際に鑑賞してみてください。
遊歩道
美術館はブナやヒメシャラなどの広葉樹により囲まれており、野鳥も多くみられるそうです。その中に遊歩道が設置されており、豊かな自然の中を散歩することができます。美術鑑賞に疲れたら気晴らしに歩いてみるのもいいかもしれません。
引用
- ・フィンセント・ファン・ゴッホ著 二見史郎(ほか)訳「ファン・ゴッホ書簡全集 第四巻」みすず書房 1984年10月22日発行改版第一刷、1345頁 ↩︎
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